Cafe de Castella Annex

旅とカメラとエトセトラ

メークロンへ(4)苦行の1時間(動画あり)

2026-03-28(Sat)続き

バンレーム駅

バンレーム駅

バンレームに到着しました。まずは、チケットを購入します。メークロンまで10バーツ

船着き場

まだ、列車が来るまでちょっとだけ時間があったので、駅の周辺を歩いてみました。

ターチン川沿いには、今は使われなくなった船着き場がありました。マハチャイ側の船着き場からかつては2系統フェリーがあって、直接ここへも便があったとか。でも、1日4往復ですから、駅があるとはいえ、中心地ではないので廃止になったんでしょう。

駅の店舗

この駅はいくつかのお店が入ってます。また、ホームに向かって玄関(もしくは勝手口)がある住宅も並んでます。住宅は川から離れた奥のほうに何軒かありますね。

列車待ちの人たち

おお、けっこう乗客がいますね。

でも、このくらいだったら全然問題ないです。…と、思っていたんですが。

4383列車メークロン行き

入線中

10:10発のメークロン行き列車がやってきました。

車両はマハチャイ線に導入されているものと同じですが、特別塗装ですね。しかも、ジャスミンの花で作った花輪まで付けてます。

厳密にいうと、NKF型気動車だそうです。1216という型番は日立製作所の製造だそうです。

めちゃ混み

では、乗り込みましょう。

やってきた列車には外国人観光客(特に欧米人が多かったです)がかなり乗っていました。当然、彼らは降りて、好きな席に座れるものと思っていたんですが。

なんと、全員降りずにそのまま引き返すようです。

英語のできる引率者のようなタイ人が乗っていて、せわしなく彼らの世話を焼いていました。こういう団体はすべての車両にいました。

どうやら、いくつかの旅行会社が、途中の駅で団体を乗車させて、そのまま引き返し、メークロン市場を列車から見せるというツアーだったようです。途中から乗せるということは、確実に席を確保できるからでしょう。ひどいもんだ。

特別席

結局ワタクシが確保できたのは1両目(メークロン側)の一番前にあるドア脇のセミロングシート。3人掛け程度のスペースで、あとの席は一般観光客(外国人)で子連れの夫婦が使いました。

運転席側にあるボックス席は普通、僧侶や高齢者用になっていますが、車掌とその関係者(妻と子供らしい)が独占してました。

車掌の家族がくつろぐ

こちら、景色に対して背を向けている状態です。その点がボックスシートと違います。風景写真を撮ったり、景色を眺めようとすると、身体をひねることになり、腰に負担がかかります。

塩田

所要時間はマハチャイ線と同じく、約1時間です。

周囲の風景はマハチャイ線以上に人家に乏しく、海沿いの低湿地を利用する、塩田があったり。

エビ養殖池

エビの養殖池があるくらいです。タイ人もエビはよく食しますが、ここで生産されたエビは少なからず日本に輸出されるようです。

 

ルートはこうなります。

ほとんどまっすぐですね。しかも、1日4往復ということで、途中での列車すれ違いは全くありません。

さて、車内がざわついてきました。終点のメークロンが近づいてきているんでしょう。ワタクシもGoogle Mapで位置を確認します。

例の団体の一部の人は、ツアコンに連れられて、運転席脇に入れ替わり立ち替わり入っていきます。

「わしも見せろ」なんて余地はありません。

もうあきらめて、身体をよじりつつ、背後の窓から動画を撮ることにしました。

 

2本の動画をひとつにまとめました。5分近くありますが、様子がわかればいいなと思います。

 

こちら、9年前の動画をお借りしました。

メークロン発バンレーム行きの列車の後部から撮った動画です。観光客少ないですね。

てなことで、メークロン駅に到着。

目的は車内から動画を撮ることでしたので、ほぼメークロン市場には立ち入っておりませんが。

動画編集等で時間を食いました。更新間隔が開いてしまい、お詫びいたします。

それでも、To Be Continued !

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メークロンへ(3)バンレーム駅まで続くカラーマンホール群

2026-03-28(Sat)続き

ターチャローム桟橋

ターチン川をフェリーで渡り、バンレーム駅まで歩くのですが、めちゃくちゃ目立つカラーマンホールが登場いたしました。

カラーマンホールその1

いいですね。海の町です。もっとも、ターチャローム(Tha Chalom)という、タムボン(ตำบล、町のようなものでしょうか)もマハチャイ同様海には面してませんけど。

立派な帆船が描かれていますが、もちろん現代のものではありません。なお、ターチン川(Maenam Tha Chin、「中国の桟橋」という意味の川)とチャオプラヤー川はこの河口ではマハチャイ運河でつながっていて、なおかつチャイナートでチャオプラヤー川と分岐した川でもあります。上流のスパンブリーあたりまでかつては水上交通があって、今でも水上マーケットがありますね。

干し魚

マハチャイに比べると魚を扱うお店はぐっと少なくなりますが、こんな光景も目に入ってきます。

カラーマンホールその2

またしばらく歩くとカニのカラーマンホールがありました。

カラーマンホールその3

今度はサムロー(人力三輪車)ですね。レトロですが、実物をナコーンラチャシマー(コラート)とコーンケーンで見たことがあります。もっとも、客を乗せているのを見てませんけど。とはいえ、古い話(2008年)ですが、チェンラーイで料金払って乗ったことがあります。

カラーマンホールその4

また歩くと、カラーマンホールにぶち当たります。魚のイラストですね。

これら、わざわざ探して歩いたわけではなく、バンレーム駅までの一本道にそれこそ、50メートルごとくらいの率で設置してあるんです。

以前やってきたときにはありませんでした。路上観察が半分趣味みたいになっていますので、気づかなかったはずはありません。近年作られたものでしょうね。

カラーマンホールその5

これはどう見ても、メークロン線の気動車でしょう。

民営時代の車両でしょうか

近くにはこんなものも。用途は何だかわかりませんでしたけど。

あんまり、深く追及すると、列車に間に合わなくなっちゃいますので、先を急ぎます。

カラーマンホールその6

イラスト風の帆船です。やや稚拙な感じなのは、もしかしたら、学校で生徒が書いたものを採用したのではないかと。

カラーマンホールその7

イミフのキャラクターが描かれてました。

それにしても、ひとつとして同じデザインのものがありません。別の道にはあるのかもしれませんけど。

カラーマンホールその8

またもやサムローです。今度は立体的に描かれてます。

カラーマンホールその9

なかなかカワイイイラストですね。そろそろ、駅に近づいてきたようですが。

カラーマンホールその10

こちら、帆船でもありますが、見ようによっては魚にも見えますね。

周囲にある「City of Music 2022」とあるのが、このマンホールのヒントなんでしょうかね。

カラーマンホールその11

ここで初めて、タイ文字が使われたマンホールが登場しました。

でも、書いてある文字は「ターチャローム」なのではないかと思われます。

カラーマンホールその12

同じくタイ文字ヴァージョン。

これらのカラーマンホールの中にはふたつ連なっているものもありました。

カラーマンホールその13

これは作者がアルファベットまで手書きしたものをマンホールにしたのかも。

カラーマンホールその14

もしかしたら、13の作者と同じかも。獅子舞ですかね。かなり上手だと思います。

到着

なんとか、間に合いました。

よく見ると、モタサイが待機してます。戻りの客を待っているんでしょうかね。

 

カラーマンホールがあった通りはわずかに600メートルですが、カラーマンホールを14も見つけちゃいました。

このあたりを、もっと時間をかけて歩けば、それ以上のカラーマンホールがありそうな気がいたします。

メークロンへは行かず、バンレームとマハチャイだけでも1日楽しめそうな気もしますね。帰りも列車は便が割とあるので。いつか、やってみっか。

To Be Continued !

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メークロンへ(2)ターチン川をフェリーで渡る

2026-03-28(Sat)続き

前回はマハチャイ線に乗って、マハチャイに到着するまで。

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マハチャイ駅

メークロン線がターチン川で分断されていることは前の記事の通りです。

位置関係はこんな感じ。マハチャイ駅とバンレーム駅の間には川があり、ここには橋が架かりませんので、フェリーを使うことになります。

 

てなことで、マハチャイ側の船着き場まで歩くのですが、ルートはわかりやすいです。

 

マハチャイの駅前通り

マハチャイ駅を出て、すぐの通りを右(西)方向に進んでいくと、船着き場に出ます。列車に乗ってきた人の半分くらいは船着き場に向かうような感じです。人の流れについて行って間違いありません。

新鮮な海産物

この駅前通りは非常に活気があります。

そのほとんどは鮮魚店で占められています。

また、それだけではなくタイの食卓に欠かせない調味料ナムプラー(魚醤の一種)もマハチャイで生産されているんだとか。

以前紹介した、「タイ 旅の雑学ノート」の著者が、ナムプラーを求めてやってきたのも、マハチャイの工場でした。

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プラトゥ(アジのような魚)

厳密なことをいうと、マハチャイは海には面していないのですが、ほとんどターチン川の河口にあって、海にも漁船が出入りするのでしょう。そのため海産物が水揚げされるところですね。

駅前通りは海産物を売る店が並び、とても活気があります。そして、磯の香りに満ちたところですね。

屋台タイプの店

この駅前通りをまっすぐ進みます。すると、突き当たりますので、左折します。

船着き場というより立派なふ頭

漁港であるということはおいしいシーフードもあるようで、マハチャイに海鮮料理を食べに来るということもあるようです。

船着き場の隣はシーフードレストランのようです。

なぜかゼロkmポスト

以前はサメのオブジェもゼロkmポストもなかったと思いますが。

何を基準にしたゼロkmポストなのかがわからないですが。

先を急ぎましょう。フェリーに乗ります。

フェリー乗り場

料金2バーツ。3バーツという表示もありましたが、それはバイク料金のようです。

船内

バイクもそのまま乗り込みます。この船は天井が低く、頭上は注意が必要です。頭をぶつけている男性がおりました。

半分くらいは座れます

船の中央部および、出入り口付近はバイクが置かれますね。当然ドライバーや同乗者はバイクにまたがったままです。

エンジンも切らないですから、出来たら離れたところに座ることをおススメいたします。

乗船時間は10分もかからないでしょう。

ターチャローム船着き場

 

フェリー料金の割に、ターチン川の河口部は広いです。それでも、バンコクのチャオプラヤー川の半分くらいの川幅ですかね。

バンレームへの道

マハチャイと比べると、やや閑散としています。人通りも減りますし。

この道をそのまま進めばバンレーム駅の近くに出ますが。

ところで、マハチャイとバンレームって、川を隔てているのに、どうやら同じ自治体に属しているようです。

どちらもサムットサコーン県ムアンサムットサーコーン郡。その中でも同じテーサバーン(自治権のある自治体)に属しているようです。

さて、次はバンレーム駅を目指すわけですが、このルート上になかなかオモロイものを見つけましたので、次回は番外編として紹介したいと思います。

てなことで、To Be Continued !

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メークロンへ(1)マハチャイ線(動画あり)

2026-03-28(Sat)

この日は、SRTメークロン線に乗って、メークロンへ行くことにしました。

メークロン市場とは

メークロン市場/2018-08

メークロンには何があるというと、今や有名になってしまったメークロン市場(ตลาดร่มพับ)があります。

SRTメークロン線が1日4往復しかないためか、線路上にまで商品を並べ、列車が通るたびに、線路上の商品をどかし、その上を覆う日よけの大型の傘をたたんではまた開くという、「折り畳み傘市場」であります。

大げさな表現をすると、映画「十戒」で、モーゼの前に海が割れるような感じでしょうか。傘の海が割れると、鉄路と列車が現れるというような。

タイ語を直訳すると「折り畳み傘市場」ですかね。

列車通過時/2012-08

過去に2回訪れているのですが、今回は車内から列車通過時の動画を撮りたいなと思っていて、列車で向かうことにしました。

SRTウォンウィエンヤイ駅

ウォンウィエンヤイ駅

ウォンウィエンヤイ駅8:35ー(4312列車)ー9:28マハチャイ駅。フェリーで川を渡り、バンレーム駅10:10ー(4383列車)ー11:10メークロン駅。という予定でした。

てなことで、朝食はセブンで買ったバナナで済ませ、BTSシーロム線に乗り、ウォンウィエンヤイ駅(S8)へ。駅名は同じですが、ここからちょっと歩くことになります。

 

到着すると、ちょうどタイ国国歌が流れておりました。8時ですね。結果的に予定通りになりました。

ちなみに、アユタヤ滞在中、夕方駅に行ってみましたが、タイ国国歌は流れませんでした。行き止まりである始発駅だからできることなのかもしれません。

マハチャイ行き列車

まずはマハチャイまでチケットを購入します。10バーツになります。

さて、メークロン線ですが、途中ターチン川で分断されているため、マハチャイとバンレームの間はフェリーを使う必要があります。

国有化される以前はそれぞれ別の私鉄だったとのこと。SRTではどちらもメークロン線と呼ばれますが、このウォンウィエンヤイ~マハチャイの区間(旧民営ターチン鉄道)のことはマハチャイ線と便宜上呼ぶことにします。

 

マハチャイまではこのようなルートです。

ホームは片面のみ

ウォンウィエンヤイ駅は始発駅でありながら、ホームは1面しかありません。やってきた列車がそのまま折り返すという、わかりやすい構造です。

ホームには店が並ぶ

ホームには店舗が並びます。比較的にぎわっている駅だと思いますが、行き来している人すべてが次の列車の乗客ではなさそうです。

半分くらいは商店街化しているといってよさそうな感じですね。

このお店も、ちゃっかり古いSRTの切符売り場らしき小屋風のものを活用してますね。ちゃんと、SRTの紋章も入ってますし。

ちなみに、切符売り場はホームの手前にあります。そのあたりは商店がまだ始まってません。

反対側もドアが開いてます

オームは片面のみなんですが、反対側のドアも開いたまま。簡単な柵がありますが、その気になればこちらからも乗り込めます。

こちら側はバイクもクルマも通る、元からある商店街になります。

では、そろそろ乗り込みましょうか。

扇風機

もちろん、エアコンはありません。

ですが、タイ国鉄時刻表(非公式)によると、4往復エアコン付きの車両が走っているそうです。まさか、そこだけ二等料金になることはないですよね。

プラ座席

すべての車両がセミクロスシート。ドア付近の座席のみ短いロングシート(変な表現ですが、ご勘弁を)になります。

アユタヤからバンコクに戻ってきた時とほとんど同じですね。ちなみに、トイレは付いております。

出発します

座席は右側のボックス席を独占いたしました。乗客はほどほど。つり革もありますが、立ち客はおりません。

さあ、出発。

列車は3両ですが、ホームの末端までお店が続きます。こちら、食堂風。誰も、列車が発車したことなど気にしておりません。

マハチャイ線

スアンプルーモスク/2025-03

しばらくすると、昨年イフタールで訪れたモスクが見えてきます。ただし、写真は撮り忘れました。

マハチャイ線はしばらくはBTSシーロム線と並行するように走ります。もっとも、並行といってもその間はかなりの距離があって、お互いの姿は見えません。

ただ、タラート プールー、ウッタカートといったBTSと同じ名称の駅(後者は停車場)が出てきます。マハチャイまでわずか31.22kmですが、20近くの駅があり、当然各駅停車ですから、すべてに止まることになります。

駅員もいるので正真正銘の駅

やがて、南西方向に向きを変え、BTSの高架をくぐりお別れです。

バナナ畑

高架をくぐる前は少しは建物も見えていたんですが、それを過ぎるとこんな感じです。

バナナ畑あり、湿地帯ありで人家はまばらですね。

コークワイ停車場

今回は右側のシートをひとりで使いました。それでも、マハチャイ線は1日17往復走っているので、それなりに需要はあるようです。

17往復あるとどこかで列車のすれ違いがあるはずですが、どうやら、途中で行き交っていたようです。右側にいたのに気づかなかったということは左側ですれ違いがあったのでしょう。

全線単線になるので、タブレット交換を行うはず。すれ違いはいったん停車する必要がありますので、まさかの左側で行われたようです。

AIに尋ねると、ワットシン駅ですれ違うようです。

ところで、マハチャイ線(メークロン線全体にもいえることになりますが)はどの線とも接続・乗り入れがないので、ほとんどダイヤの乱れがないそうです。

マハチャイ駅

マハチャイ駅到着

定時にマハチャイ駅に到着しました。

乗ってきた列車はホームの右側にあります。駅は複数のホームがあり、次のウォンウィエンヤイ行きらしき列車が待機していました。

以前はマハチャイ駅にも露店が並んでいましたが、ウォンウィエンヤイ駅ほど雑然とした感じはありません。

駅も立派ですね。

マハチャイ駅

ここから、フェリー乗り場へ。

メークロン線Part1 ウォンウィエン・ヤイ-マハチャイ: Cafe de Castella

↑ 2012年の記録。ほとんど変化がありません。

なお、1961年まではウォンウィエンヤイ~クローンサーンという路線がありましたが、渋滞緩和策のため、廃止されました。車両の搬入はクローンサーンから行っていたそうですが、ターチーン川のマハチャイからになったのでしょうね。

ちなみに、クローンサーン、現在はBTSのモノレール、ゴールドラインの終着駅です。当時のクローンサーン駅跡は市場になっているようで、またあのあたりを歩いてみることになりそうです。

To Be Continued !

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富士モータースポーツミュージアム 市販車ベースカー編

富士モータースポーツミュージアム内部

最終回となります。2階の展示車になります。

ここの構造、このエレベーターで2階に上がるのかと思いましたが、そのまま3階に直行でした。

2階には1階の展示場からエスカレーターを利用するのでした。ちょっとわかりにくかったです。

ラリー車

ダットサン ブルーバード

2階にはF1マシンのティレルもありますが、主にラリーや耐久レースで活躍したクルマの展示が多いです。

こちらブルーバードの2代目、410型をベースとするラリーカーですね。

国際ラリーとしてはサファリラリーとモンテカルロラリーに参戦しています。

日産ではブルーバードという車種はなくなってしまいましたが、市販車ではトヨタ コロナと販売を二分するような具合でした。BC戦争と呼ばれていましたね。結果はブルーバードが常にリードしていたと思います。

その後の後継車もラリーに参戦しており、そこでの耐久性や信頼性が市販車にも反映されていたのでしょう。一方のコロナはラリーやレースに参戦することはなかったようです。

トヨタはどちらかというとスペシャリティカーを参戦させる傾向が強いです。

SUBARU インプレッサ

コードネームはインプレッサ555。世界ラリー選手権(WRC)でコンストラクター部門で3回タイトルを取ったクルマです。

市販車ではないので、欧州仕様の左ハンドルです。

以前にWRCに参加していた上級車種ともいえるレガシーに代わって参戦したのがこちら。

TOYOTA セリカGT-Four

1990年にWRCでカルロス・サインツのドライブによってドライバータイトルを獲得したのが、セリカGT-Fourです。

映画「私をスキーに連れてって」で冬季走行不能の、志賀・草津間を原田貴和子と高橋ひとみが走破しようとしたのが、この市販車でございます。

なお、カルロス・サインツの息子が現在F1でフェラーリのドライバーですね。

三菱ランサーエヴォリューション

三菱もWRCに参戦しておりました。

こちら、ランサー エヴォリューションIIIではトミ・マキネンが年間5度優勝し、ドライバーズタイトルを獲得しました。

市販車でも、ランサー エヴォリューションという車種もありました。もちろん、このクルマとは性能を落としているはずですが、外観はあまり変わらなかったのかも。

ドライバーとナビゲーター名

この頃の日本車は勢いがあって、特にラリーに参戦した、インプレッサ、セリカ、ランサーではラリーカーもどきの市販車も販売されたほどです。

耐久レース車など

TOYOTA 2000GT

当時でも貴重なTOYOTA2000GTですが、このモデルはレーシングコースで最高速更新のために特化した車両だったそうです。

ですが、当時の車両が行方不明で、これはレプリカであるとのこと。

マツダ787

耐久レース用の車両もありました。

このあたりとなると、市販車とは無縁の世界で、エンジン等の耐久性をいかに市販車にフィードバックするかということだけになってきます。

マツダ787もそのひとつで、マツダ787Bが1991年のルマン24時間レースで総合優勝を成し遂げています。日本車として初のこと。

イーグルMk III

アメリカのIMSA(国際モータースポーツ協会)が主催するレースに参戦した、アメリカのコンストラクターが作ったマシン。イーグルMk III

ベースのエンジンはセリカのものです。

TOYOTA GT-One

こちらも、ルマンに参戦したモデルのようです。TOYOTA GT-One

実際には下部カテゴリーでの参戦となったようですが、優勝は成らず。

Nissan スカイラインGT-R

こちらも、国内のツーリングカー選手権やルマンの下部カテゴリーに参戦しました。

スカイラインGT-Rの名前は独立車種としてスカイラインの名前が取れたGT-Rとして継続していきます。

Nissan GT-R

その、GT-R。この迷彩色のような外装はプロトタイプになります。

ポルシェ911と性能が同等であるといわれるモデルですね。

2025年で製造が終了していますが、今の社長は後継モデルが出ると断言してますが。

もう、外国人に大人気でン千万でもなかなか買えないとか。

◆◆◆

富士モータースポーツミュージアムのサイトと、wikiを参考にわかる範囲での車種を紹介してきましたが、紹介しきれなかったクルマもまだあります。

こちら、展示車が入れ替わることもあるので、行かれる際には展示車の前に小さくある説明をよく読むか画像に残すことをお勧めいたします。

fuji-motorsports-museum.jp

Webサイトはあまり更新されていない模様。

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富士スピードウェイ

駐車場から見える富士スピードウェイですが、手前の道路はレースでは使われないです。実際のコースはその奥にあります。でも、試験走行だか何かで、爆音はときおりきこえてきました。

これにて、お出かけ初日のレポは終了。翌日以降のレポも、引き続き合間にはさんでいきますので、ご拝読のほどを。

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バンコク都バス505番はその後どうなったのか

ラーチャダムリ通りのバス停/2023-09

3月の旅の報告で、3日目にクレット島に行く予定が、乗る予定だったバス505番がやってこないので、予定を変更したということは書きました。

乗車予定だったのは、BTSチットロム駅(Sukhumvit Line E1)付近にあるバス停です。

セントラルワールド側にあるバス停です。このように、やってくるバスの番号も表示されます。

 

ここは便利な場所で、以前はノンタブリー、タリンチャン水上マーケット、バンコク南バスターミナルなどの各方面へ行くバスが止まったのです。

そんな調子で待っていたのですが、いつまでたってもバス505番が表示されず、背後にあるベンチ付近にもバス番号が並ぶ中、505番だけが消された形跡がありました。

スマホ等でクレット島への新たな生き方を探りましたが、複雑なので、予定変更してICONSIAMへと向かうことになります。

◆◆◆

クレット島のことは忘れ去り、再びバンコクに戻ってまいりました。拠点としたのはシーロム通りとスリウォン通りの間です。

イメージです/場所はラーマIV世通り

するとですね、バス505番を見かけたんです。

もうこの時は残りの予定を決めていたので、バスに乗ることはなかったんですが。

気になったので、調べてみました。

新たなバスルート

こちら、「Via Bus」というバンコクのバスアプリのスクリーンショットです。

つまりGoogle Mapではあるんですが、画像になっていますので、拡大・縮小はできません。

自分がいるエリアあたりのバス停から、ノンタブリーのパークレット方面を検索してみると、チュラロンコン病院の向かいから乗車できるようです。

 

その後は、高速道に入り、ノンタブリーの近くまで。一般道に降りた後、Uターンして右折することがわかりました。

どうりで、チットロム付近を通らないわけだ。

てなことで、バスルートも変更があることがわかりました。バスを使って出かけるときには、もう一度自分で調べてみたほうがいいという教訓でもあります。

このバスはタリンチャン方面行/2012-08

ちなみに、バス505番はオレンジ色のエアコンありのバスです。ただ、中には2番目の写真のようなノンエアコンの赤バスの場合もあるんだとか。

ただ、今後赤バスは順次廃止され置き換わっていくようです。

以前の下道を走るルートですと2時間近くかかることもあって、エアコンバスで震え上がることもありました。

クレット島はいずれもウィークデイに訪れたので、店がほとんどやってなくて閑散としていました。それで、今回は週末に組み入れたのですが。次回の機会にはまた再チャレンジしようと思います。

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富士モータースポーツミュージアム クラシックカー編

2026-06-18(Thu)続き

富士スピードウェイ周回映像

富士モータースポーツミュージアムの1階部分は、日本にモータースポーツ、あるいは自動車競走という概念がなかった頃の海外のマシンがあったりします。

クルマ好き、自動車好きですが、F1と違ってまったく知識もないので、草創期からのマシンを画像で並べるくらいにとどめたいと思います。

パナール・エ・ルバッソールType B

1895年に開催されたとされる世界初の自動車レース(パリ~ボルドー~パリ)、で優勝したクルマだそうです。もちろん、公道だろうし、「チキチキマシン」とか「マッハGo Go Go」の世界ですわ。

また、このクルマではないようですが、日本に初上陸したガソリン自動車は同社のものだったそうです。

ヘンリー・フォード999

こちらはレプリカだそうですが。T型フォード以前に作られたマシンだそうです。

フォードは自動車レースでその優位性を示すことで、自動車を一般の人々にも普及させようとしたそうで。

最高時速、149km/h。あと、笑っちゃうのですが、直列4気筒エンジンの最高出力は80馬力だったそうですが、総排気量が18.493ccだとか。当時からアメリカンだったんですねえ。

こちらがフロントみたいです

ヘンリー・フォード

サンビーム・グランプリ

イギリスの会社で、もともとは自転車屋さん。

こちら、1922年のストラスブールグランプリ(まだF1のカテゴリーはない)用に製造されたマシン。

そして、初めて前輪にブレーキが装着されたクルマなんだそうで。

ポルシェ

これは初期型のポルシェでしょう。第二次大戦前くらいのものだと思いますが、現代のクルマに近づいております。

ポルシェのシルエットもこの頃から変わらないですね。

フェルディナンド・ポルシェ博士

原型か?

いや、原型というより最初期のポルシェなんでしょうかね。

ブガッティType35

各所に説明書きがあるんですけど、昔からの悪い癖でチラ見しただけで、写真に撮ったからまあ、いいか…てなものです。あとは、webで調べようとか。

で、このあたり、富士モータースポーツミュージアムのサイトにも解説がないんですよね。

隣のミニカーみたいなのは何でしょうか。バイクにつけたサイドカー?

このマシンの前面にクランク状のものがあるんですけど、これ、エンジンのスターターですよね。

ちなみに、我が家にやってきた10年落ち(以上でしょう)の日野ルノーには、このクランクが密かに付いていたと思います。

スタッツ・ベアキャット

こちらにも、クランクがありますね。

でも、ライトもありますので、当時としては強力なバッテリーも積んでいたようです。

トヨペットレーサー

やっと戦後のマシンが出てきました。1951年製造のレプリカだそうで。

995cc、27馬力ながら、最高時速150km/hを記録したそうです。現代ならば660ccのミラとかアルトのほうが、速い?でも、150km/hは出ないと思いますが。

初代クラウン

なんでも、このクルマでラリーに出場したとかで。重そうなんだけど。

まあ、ラリー用にいろいろと改造されてるんでしょうけど。

トヨタセブン

1階の一番奥にはF1がまだ日本にやってこない時代の日本グランプリに出場したマシンがありました。

ダイハツP5

富士スピードウェイのレイアウトとマシン

いにしえの日本グランプリというと、ポルシェに対し、スカイラインが一瞬抜いたという伝説があるんですが、さすがにトヨタの息がかかったトコだからか、展示には実車、レプリカともなかったです。

2階にはもうちょっとわかりやすいマシンがありましたが。

cafedecastella.hatenablog.com

富士モータースポーツミュージアムのwebサイトおよび、wikiを一部参考にさせてもらいました。

To Be Continued !

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クルンテープ駅に展示車両を見に行った

2026-03-27(Fri)

クルンテープ駅

チャイナタウンのワット マンコンから1駅散歩というわけではありませんが、クルンテープ駅まで歩き、展示車両を見に行ってみました。

この前日、26日がタイの鉄道記念日であり、ドーム下で記念式典が行われたような形跡があったことと、アユタヤから戻る際にSLがけん引する車両とすれ違ったこともひとつの動機です。

それに、クルンテープ駅に到着前に留置線にちょっと気になる車両があったからでもあります。

クルンカセム運河

 

この季節はちょっと歩くだけでも息苦しいです。健康のためには1駅でもMRTに乗ったほうがいいとは思うんですが、つい、路上の被写体に期待してしまいますね。

運河ボート

運河の水の色は相変わらずの色ですが、悪臭はしなくなりました。ちなみに、このボートにはまだ乗船したことがありません。一度挑戦してみたんですが、まだ試験運行中で、なかなかやってこなかったので、自ら撤退いたしました。

ようやく到着

アーチ状の橋を渡り、駅へ。クルンカセム運河沿いの道は信号もなくバスやタクシーがぶっ飛ばしていくので、横断には注意が必要です。

ここまでくればもう安心。

キハ183系

かつては北海道で活躍したディーゼル特急です。

クルンテープ駅は入口から入って左側半分に列車があり、それが各地へ(から)発着しています。右側の若い番線には、引退車両や特別車両があります。

クルンテープアピワット駅開業前の計画では、クルンテープ駅は鉄道博物館になるとのことでしたが、いまだ完了していないようです。

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また、正面入り口の左側には小さな博物館(入場無料)ができています。

さて、このキハ183系列車ですが、ワタクシがコロナ後にタイを訪れた2023年頃からクルンテープ駅に置かれています。

マッカサンの字幕

もともと、JR北海道から無償譲渡が決まっていたらしいのですが、2022年に引き渡されたとのことです。

譲渡車両は17両とのことですので、少なくとも2編成くらいはあるはず。

ヘッドマークがカタカナで「バンコク」。側面の字幕が「特急オホーツク」「マッカサン工場」と書かれています。

かつて北海道ワイド周遊券を使って北海道を旅したことが何度かあります。特急オホーツクは札幌~網走での運用。すでに記憶は曖昧ですが、使ったことがあったかどうか。また、特急おおぞらとしてもキハ183系が使われ、こちらは札幌~帯広・釧路だそうで、こちらは乗っていないと思います。

先頭車両

現在は観光列車として土日祝日にクルンテープ~チャチューンサオ間を走っているそうですが。

wikiによれば、特別列車としてナムトク線にも乗り入れたことがあるそうですが、終点のナムトクまではクウェー川鉄橋やタム・クラセー鉄道橋(アルヒル桟道橋)などの運転困難区間もあるため、カンチャナブリー駅もしくはクウェー川鉄橋停車場あたりまでではないかと推測します。

さすがに静態保存でしょう

かなりピカピカに磨き上げられているかつてのディーゼルカー。

もう動かないと思いますが、留置場所は入れ替わっていたりします。

SL

こちらも、動かないと思いますが。これまた、留置場所が時折入れ替わっています。

SRT Prestige

前日にクルンテープ駅到着直前に見かけたのが、この車両です。SRT Prestige

もともとはJR西日本から譲渡された、14系、24系の寝台車がベースになった車両です。

元JR西日本

かなり長大な編成になっているんですが、改造された車両すべてを集めてつなげているような感じです。

基本、通常の運用はされていないようで、チャーターで使われることが多いようです。

なぜか中国製寝台車も

どういうわけか、手前には中国から導入された新型寝台車も連結されていました。

展望車

14系・24系寝台車はいわゆるブルートレインで、「あさかぜ」や「瀬戸」として運用されたいたようです。

JRから譲渡された寝台用の車両は、他にもあって、SRTでも特急の寝台車として使われたりしていました。ただし、ゲージを1000mmに改軌する以外は、外装をSRTっぽい色に変える程度だったと思います。

長らくブルートレインの青いカラーのまま、クルンテープ駅の14番線に「青森行き」などの字幕もそのまま留置されていたのも目撃したくらいです。

現在確実にわかっているのは、クルンテープアピワット~ビエンチャン カムサワート間を結ぶ、133列車(下り)と134列車(上り)の二等寝台車で運用されています。運用的にはRapid(快速)になります。

知り合いが乗車していて、車内には「自動ドア」などそのまま日本語が残されているそうです。そして、外装はSRTの伝統的な色ではなく、クリーム色に赤または臙脂のラインが入っているとか。

元々のSRTの寝台車は進行方向に垂直にベッドが設置されていますが、JRの客車はベッドが平行に並んでいるので違いが判りますね。

とはいえ、このプレステージは大いに改造が加えられているように見えます。

車両の高さもバラバラですし。微妙に形状も違うんですよね。

さらに豪華そうな列車がSRT Royal Blossomで、外装は赤に金のラインが入るものです。JR北海道の「はまなす」を改造したもののようです。残念ながら、ここにはありませんでしたけど。

www.thailandtravel.or.jp

この記事を見る限りでは、寝台列車ではなく、座席車ではありますが、ラウンジなどもある豪華列車ですね。これも、何らかの記念などで運行されるようです。

説明はあり

実車はありませんでしたが、ホームの手前に説明はありましたので、クルンテープ駅に留置されている日もあるということでしょうか。

Prestigeの説明

こちらはプレステージの説明。

どちらも、SRT自慢の車両のようですが、遠めに見てもやや傷みがある箇所もありました。

www.thaich.net

また、キハ40、キハ48がドンムアン~アユタヤを走るようになったとか。エアコンありの1日3往復だとか。ただし、現在のところ、試験的に運行されているとのことです。

アユタヤはいいとしても、もう一方の始発駅がドンムアンというのはやや使い勝手が悪いですけど。

ともかく、まだクルンテープ駅に行けば、ノスタルジックな気分に浸れると思います。車両の入れ替えもたまにあるようですし。

★訂正いたしました。何度もお知らせいきまして、恐縮でございます。

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富士モータースポーツミュージアム F1編

2026-06-18(Thu)

ロゴ

先日のお出かけでぜひとも行きたかったのが、こちら。富士モータースポーツミュージアムでした。

アクセス

 

9:00頃に出たのですが、天気は今ひとつ。雨もちょっと降っていました。

最寄りのIC(インターチェンジ)までは混んでいましたが、あとは順調でした。

足柄スマートICからの道のりはこんな感じ。約20分といったところですが、付近まではやってきたものの、そこから少し迷いました。

カーナビには「富士モータースポーツミュージアム」は出てこなかったので、電話番号で検索し、「富士スピードウェイ西口ゲート」付近に目的地を設定したんですけどね。

ちなみに、スマホのGoogle Mapでは「富士モータースポーツミュージアム」や「富士スピードウェイホテル」は出てきます。富士モータースポーツミュージアムは富士スピードウェイホテルに併設されているのです。

富士スピードウェイホテル

入館料など

チケット類

・入館料 大人(18歳以上) 平日1800円 土日祝日2000円
 オンライン予約で200円引き
 高校生は大人の半額で、オンライン予約は100円引き
 小中学生は高校生の200円引き オンライン予約は100円引き
 また、窓口購入に限り、JAF会員証提示で200円引き、小中高生は100円引きに

会員証提示で6名まで適用されます。その他、レクサスカード、TS CUBIC CARD(トヨタで作るクレジットカード)、三菱地所グループカードも同様の割引が適用されます。

入場券はQRコードのあるものになり、当日であれば何回でも出入り可能です。

わたしゃ、スマホに入れてあるJAFのアプリを提示し、1600円で入ることができました。

展示車など

オブジェ化したレーシングカー

館内は1~3階まで。なお、3階は富士スピードウェイホテルのフロントを兼ねていて、カフェやショップが併設されています。

さて、こちらにやってきたのは歴代の名車に出会うためです。

富士スピードウェイは2000年にトヨタ自動車が株式の49%を買い取り資本参加し、サーキットの経営がトヨタ自動車によるものになっています。

富士スピードウェイホテルもトヨタ不動産の経営で(運営はハイアットホテルアンドリゾート)、富士モータースポーツミュージアムはトヨタ博物館(愛知県長久手市)の監修によるものですが、トヨタ博物館同様、トヨタ自動車に限らず内外のクルマを展示しています。

そんな中で、最も気になるのはFormula One(F1)で活躍したクルマでした。もっとも、F1を見に行ったこともなく、1987年からフジテレビで放送された「F1グランプリ」が全戦中継を行ったあたりからしばらく、興味があったのです。

Honda F1

Honda RA301

1階中央に、いかにも目立つレーシングカーが展示されていました。

空冷V12エンジン

本田技研が初めてF1に参戦した時のマシンになります。

カーナンバー5、ドライバー名はJohn Surtees(ジョン・サーティース)ですが、このモデルは最終型ともいえるもので、モデルとしては3代目にあたります。実際のレースでは入賞3回、うち表彰台(3位)1回。

サーティースとホンダは前年のイタリアGPでホンダの2勝目となる優勝を遂げておりますが、この時のマシンはRA300でカーナンバーも14でした。

ホンダRA301

なお、これはどうやらレプリカモデルのようです。実車はツインリンクもてぎにあるホンダコレクションホールにT Car(予備のマシン)とともに保存されているそうです。

そりゃそうですよね。トヨタとは関係ないんだから。

なお、富士モータースポーツミュージアムのサイトでは、Honda RA272、カーナンバー11のRichie Ginther(リッチー・ギンサー)が1964年のメキシコGPでホンダに初優勝をもたらしたレプリカモデルがあることになっていますが、置き換わっていましたね。

ホンダは何期かに分けてF1での活動を行いましたが、こちらにあるのはこれだけでした。

まあ、クルマは場所を取りますし、展示場所も完全に屋内なので、スペースも限られますから、すべてを網羅するとなると、厳しいですかね。展示車の入れ替えは割と行われているようです。

Tyrrell F1

Tyrrell P34

2階にあったのが、こちら。

Tyrrell(ティレル) P34というやはりF1マシンです。

変態マシン

こちら、P34というマシンは、1976~1977年にF1に参戦したマシンです。

おわかりと思いますが、前輪がダブルになっている6輪車です。いかにも、変態的な仕様ですが、1976年のスウェーデンGPで1勝しております。その時のドライバーはJody Schecter(ジョディ・シェクター)でカーナンバー3でした。

展示車のカーナンバー4はPatric Depailler(パトリック・デパイユ)になります。

6輪車

このように前輪が小径であったのは空気抵抗の軽減を目的としたためのようです。その代わり、ブレーキ性能や設置面積の低下があるため、前輪を増やしたとのこと。

このマシン、実は日本にやってきてF1を戦っているのです。1976年に富士スピードウェイでF1世界選手権インジャパン(すでに別カテゴリーで日本GPが行われていたため、日本GPの名称が使えなかった)で、3号車のシェクターはリタイアに終わったものの、4号車のデパイユが2位表彰台を獲得しています。

また、翌年の日本GPでもデパイユが3位表彰台を獲得しています。

ミニチュアカー

ティレルP34もレプリカだと思いますが、奥のほうにはこんなものも展示されていました。

ミニカーですが、手前のカーナンバー5はロータスのMario Andretti(マリオ・アンドレッティ)でカーナンバー3がジョディ・シェクターになります。1976年の富士の再現なんでしょう。

4号車のデパイユでないのがよくわかりませんけど。この時、アンドレッティは優勝しています。

ひらがなの「たいれる」

その1976年の富士のみティレルはチーム名を平仮名表記していたんですね。

当時は「ティレル」とは呼ばれず、日本では「タイレル」呼びされておりました。のちに、F1が全戦中継され、中島悟がチーム入りすると、「ティレル」と認識されるようになりましたが。

なお、6輪車はレギュレーションにより、禁止になりましたので、こういう変態マシンはもう出ることはないでしょう。

Haas F1

Haas VF25かも

3階のショップ手前に何気なく置かれていたのが、Haas(ハース)のマシンです。

なお、ハースはトヨタと関係が深くなりました。ま、エンジンはフェラーリから供給されてますけど。

うしろ姿

おそらくですが、これは昨年(2025年度)のマシンです。でも、富士モータースポーツミュージアムのサイトには掲載されておりません。期間限定なのかも。

もはや、F1はほぼ地上波から消え、あまり印象がないのですが、ずいぶんとスリムになったと思いました。

コジマ

コジマKE007

見落としておりましたが、写真は撮っていました。

1976年の富士F1に特化して作られた純国産コンストラクター、コジマエンジニアリングのKE007です。

コジマKE007

予選で一時4位を走行するも、その後クラッシュ。

修復に追われたものの、レースでは11位完走したレアマシンです。

◆◆◆

あれ?

一時期参戦していたオールジャパニーズパッケージのTOYOTA F1は影も形もないんですけど。

一応サイトでは2階の奥にTOYOTA F1のマシンがあることになっていますけど。貸し出されていたりするのかな。

fuji-motorsports-museum.jp

サイトを見ていてわかったのですが、翌日の19日から「富士F1開催50周年企画展」が行われるため、ちょうど展示車が入れ替えに当たっていたようです。

今回使用したカメラはPENTAX KP。レンズはDA18-50mmズームでした。一部スマホあり。

★すべては紹介しきれませんが、まだありますので、続編あります。

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中華街の龍蓮寺

2026-03-27(Fri)

朝にワット フアラムポーンへお参りした午後、チャイナタウンに行ってみました。

龍蓮寺

訪れたのは、こちら。

ワット マンコン(Wat Mangkon Kamalawat、龍蓮寺)でございます。

アクセス

 

MRTブルーライン、ワット マンコン駅(BL29)からすぐのところにあります。

これも、ブルーラインが延長されたことで、ずいぶんと便利になりました。

以前はブルーラインもフアラムポーン駅(BL28)までで、距離はあまり大したことはありませんが、徒歩でのアクセスでした。

その時は、ブルーラインの延長に伴う地上部分の大掛かりな工事(チャルーンクルン通り)が長いこと続いていて、とても歩きにくかったです。

駅ができてずいぶんと楽になりました。

フカヒレスープの店

このあたりには、フカヒレスープの店があったり、超大盛バミーの店(バミー ジャップカン)があったり、Soi Texasにはシーフードレストランがあったりしまして、まあまあ訪れているところです。

バミージャップカン/2015-01

バミージャップカンは相変わらず、ソイの奥の見つけにくいところにありますが、タマダー(普通盛り)でも確実に他の麺屋の倍以上あって、半端な時間帯に食してしまうと、その後の食事に影響が出そうな気もします。ですが、訪れていただきたいところのひとつですね。

ワット マンコン

トップ画像はワット マンコンに入って振り返ったところです。チャルーンクルン通りからだと、大きなアーケード下を通っていくような形になります。

正面入口

こちらから入ります。

なんかキラキラしてます

こちらも、参拝客がかなり多いです。

AIで調べたら、願い事が叶うパワースポットなんだそうで。

ほとんど商店街の中にある寺院ですが、そこはやはりチャイナタウンということでか、上座部仏教の寺院とは一味違いますね。

手の届かないところにある

こちら、仏像かと思いましたが、髭があるところなどから、関帝(三国志の関羽、商売の神)の像であると思われます。

中華系の廟などによくある像で、横浜中華街にも関帝廟があります。

逆にいうと、タイの上座部仏教寺院ではまず祀られることのない像です。やはり中国色が強いですね。

やはり中国風

こちらは仏像っぽくなってきましたが、明らかに上座部仏教寺院にある仏像とは異なりますね。

やはり隔てられた仏像

これら、ほとんどが参拝者の手が届かないところにありますね。上座部仏教ではありがちな、金箔を貼り付けることはできないですね。

中庭あり

参拝順路はあってないような感じですが、途中に中庭があったりします。まあ、小さいものですが。

この部分だけは屋根がありません。

午年

こちらもAI頼みですが。馬は十二支の神聖な動物であるとともに、中国文化では吉祥のシンボルなのだとか。

また、関羽の愛馬「赤兎馬」とも関係があるとかで。

参拝客

ともかく、ここ、ワット マンコンは観光客で満ち溢れたタイの寺院とはまた違う雰囲気があります。

長いろうそくに長い線香と祈る人を見ていると、中華圏にいるような感じもしてきます。ま、チャイナタウンだからといわれれば、それまでですが。

◆◆◆

新しい商業施設

チャルーンクルン通りをクルンテープ駅方面へ歩いていくと、「I'm CHINATOWN」というショッピングコンプレックスができておりました。

スタバ、MK、8番らーめんなどが入っておりました。

この近辺、古くからあった旅社だったところがブティックホテルになっていたりしまして、ちょっと雰囲気が変わってきましたね。

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