Cafe de Castella Annex

旅とカメラとエトセトラ

【ホテルレポート】銚子プラザホテル 現在はリブランド済み

チーバくん

千葉県のマスコット、チーバくんです。

今回のホテル紹介は、JR銚子駅前(銚子電鉄銚子駅前でもありますが)にある、銚子プラザホテルでございます。チーバくんの耳の部分に当たりますね、銚子市。

もっとも銚子プラザホテルは、2026年2月からBBHホテルグループに加わりました。経営陣の変更はあったと思われますが、基本的なものは変わっていないと思います。

ホテル外観

さて、ワタクシがこちらにお邪魔したのは、2021年4月のこと。新型コロナ真っ最中のことでした。

2月に一度予約を入れたのですが、何度目かの緊急事態宣言で、ホテル側よりキャンセルされ、暖かくなって再予約しました。

ロケーション

 

こんな感じ。駅近です。

もっとも、この時もクルマでやってきました。自宅から鹿島神宮などを回り、利根川を渡って到着です。

駐車場が25台。先着順で無料です。BBHホテルグループに入る以前は近隣に提携の駐車場もあったような。現在は近隣のコインパーキングをご利用くださいですと。料金は当然利用者の負担になります。

止められる台数が少なかったものの、チェックイン開始時間直後くらいに来てみると、ガラガラでした。地下ではあるものの、止めやすかったです。ただし、駐車場が表の通りには面してなく、ややわかりにくいかも。そして、記憶の限りではアプローチに関しては傾斜が急でした。駐車後はレセプションで自己申告だったと思います。

鉄道では銚子駅から徒歩2分とありますが、もう少しかかるでしょう。

いずれにせよ、千葉の東端は遠いです。

お部屋(シングルルーム)

シングルルーム

現在はBBH傘下になっておりますが、もともとは地元の独立した老舗ホテルでした。改装がいつの頃なのか不明ですが、ほぼビジネスホテルです。

やや独特な形状

デスクなどはベッドとは干渉しない位置にあります。

ベッド側からの眺め

こんな感じですね。とりわけ広いわけでもありませんが。APA Hotelのいっちゃん安いシングルルームよりは広いです(14平方メートルとか)。

こうしてみると、必要なものはほとんど揃っているといえましょう。

特徴的なのはデスクにつけられた鏡ですかね。

ユニットバス

毎度おなじみのユニットバスです。入るのに段差があるのか、すでに記憶がないのですが、たぶん段差はあるでしょう。

鍵もカード式だったかどうか、覚えておりません。

シングルルーム(食事なし)で1泊、8000円でした。コロナで集客が見込まれない時期にしてはやや高かったような。

そして、現在の値段ですが、BBHグループで効率化を図ったためか、ホテルのWebサイトからの最低料金はシングルどころかツインでも8000円以下のプランが多かったです。

部屋のタイプはシングル、セミダブル、ダブル、ツイン、DXツイン、和室、ジャパニーズスイート、エコノミーシングルと多種多様。それほど大きなホテルには思えませんが、いろいろあるんすね。

その中でもエコノミーシングル(男性専用、風呂トイレ共同)というのが気になるところです。広さは最も狭くて10平方メートルですが、ベッド周りだけならシングルやツインよりも余裕を感じるのでは。トイレはともかく、共同の風呂など使う人もあまりいなさそうですし。

食事事情

地方都市ですが、駅前にはいくつか飲食店があります。また、ぽつぽつとではありますが、利根川あたりまで歩いてみても、数軒は見つかると思います。

他県の地方都市より見つけやすいです。

てなことで、入ったのは駅前あたりのお店。

ビールと突き出し

今調べてみましたが、「閉業」とのこと。寂しいですねえ。

刺身三種盛り

左からサバ、マグロ、ハマチだったかな。

あまり銚子でマグロというのも安易ではないのかと思いましたが、近海物のマグロの水揚げはあるのだとか。

なお、SNSでこの画像をアップしたら、新潟の知人からは関東圏は「マグロ信仰が強いですね」と…。あちらはブリとかになるんだそうで。

つみれ汁

これはもちろん、捕れたてのイワシを使ったものでしょう。これはうまかった。

これだけでしたが、2000円ほどしたかと。

もちろん、満腹はしてないので、何かコンビニで仕入れたとは思います。

L'espritにて

夕食は何とかなるんですが、都心部でも地方都市でも早朝の食事事情は苦戦しますね。

当初、コンビニで仕入れようとしたんですが、めんどくさくなっちゃいまして、ホテルの朝食会場でコンチネンタルブレックファストを頼みました。

トースト

とはいえ、こんなもんなんですが。これで、770円。

おそらく、現在は内容が変わっており、和定食か洋定食かの二択です。値段はもっと上がっているでしょう。

銚子電鉄

なんか見覚えのある車両

到着した日、すぐに乗りに行きました。

塗装は塗りなおされていますが、もともとは京王電鉄2010系電車です。その後、伊予鉄を経て、銚子電鉄にやってきました。

ワタクシ、かつては京王沿線に住んでおりまして、人生初の電車が京王線だったはず。緑に塗られた京王線の各駅停車の雰囲気は、ほとんど身体にしみついております。

1日乗車券

終点の外川まで往復します。片道350円、往復で700円ですが、車内では1日乗車券を売ってくれました。同額の700円です。

なんと、大赤字であるはずの銚子電鉄ですが、いまなお、値上げされておりません。

銚子の象徴

なお、銚子電鉄の改札口というものはありませんで、券売機というものもありません。

どうするのかと思ったら、JR銚子駅の改札で、「銚子電鉄に乗る」と告げると通してくれます。

銚子電鉄はICカードには非対応で、総武本線・成田線2番ホームの先端部が切り欠きホームとなっていて、ここが銚子電鉄のプラットホームです。

JRからの乗り換え客のため、ここにも簡易型のICカード改札機が設置されてます。

銚子電鉄の乗車券は車掌さんから現金で購入することになります。

現在はこのスローガンではありません

なお、銚子電鉄に乗るのは2度目でした。以前も、外川まで往復しただけだったと思います。

時間的な余裕があれば、いくつかの駅で途中下車してみたいところです。

余談になりますが、銚子駅前にはなぜかタイのトゥクトゥクを所有している店舗らしきものがあります。有料でレンタルあり。また、オーナーがトゥクトゥクで一定のルートを回ってくれたりもするんだとか。

◆◆◆

BBHホテルグループって、横浜のブリーズベイホテルを旗艦店とする、既存ホテルを買収・再生し、国内外で160店舗以上を展開するホテルチェーンなんだそうで。

伊東園ホテルズを彷彿とさせますね。

breezbay-group.com

銚子も千葉県なんですが、先の台風被害、どうなっているのか気になるところです。

今回の使用カメラは、CANON Powershot SX730HSとOLYMPUS OM-D E-M10 Mark IIIを併用いたしました。

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ATR 72(3)ラオス航空は危険なのか?

ATR 72という機種にはかつて東南アジアでなにかとお世話になってきました。

cafedecastella.hatenablog.com

↑ 今回の話はこの続編になります。

Discovery Airpass(ディスカバリー エアーパス)というお得なチケットで、ラオスに行き、ついでなんでチェンマイにも立ち寄ろうというものでした。

今回はそのチェンマイから。

◆◆◆

ディスカバリー エアーパスは、バンコクエアウェイズ、シェムリアップエアウェイズ(バンコクエアウェイズの子会社)、ラオス航空の3社のうち2社以上を使うという条件があります。

チェンマイからルアンパバーンに飛ぼうとすると、どうしてもラオス航空一択になります。

確か、この時点でラオス航空にはアメリカ航空局(あたりだったと思います)から注意喚起が出いていて、中国製のY-12(アントノフ24のコピー)あたりが安全基準を満たしていないことが理由です。

しかし、この事前に機種まではわからず、それでもラオスに行きたいという気持ちが勝りました。

てなことで、チェンマイ~ルアンパバーン、ルアンパバーン~ビエンチャンだけでなく、え~いままよと、ビエンチャン~バンコクまでもラオス航空で予約を入れました。

チェンマイ~ルアンパバーン(国際線)

チェンマイ国際空港

ラオスに行く日がやってきました。

宿泊していたホテルをチェックアウトとともに、空港までの送迎を頼みます。

そして到着した、チェンマイ国際空港ですが、チェックインカウンターを探すのに苦労します。国際空港というものの、圧倒的に国内線が多いためのようでした。

バス移動

スケジュール
チェンマイ国際空港(CNX)12:50ー(QV645)ー13:50ルアンパバーン国際空港(LPQ)

なかなかに寂しいイミグレーションを通り、搭乗時間になると、地上に降りてバス移動となります。バス自体はタイ国際航空のものですね。

よかった、ATR 72

着いた先はATR 72が待っていました。中国製の機体じゃありません。なかば、ほっとします。

QV645

尾翼に控えめなラオス国旗。機体に入るラインも国旗のカラーです。もっとも、タイも同じようなカラーリングなんですけど。

ちなみに、搭乗する位置は常にここから。以前の画像で前方の操縦室後方が開いているものがありましたけど、そこから乗客の預け荷物を搬入するのですね。そんなもんで、70名くらいの荷物が積めるのかという疑問もありますが、大丈夫なんでしょう。

機内

今回の席は中ほどの通路側です。

なお、いつだったか、頭上のダクトから水蒸気らしきものが噴出されてしばらくは目の前が真っ白になったことがあります。ま、離陸前でしたけど。

そして、アメリカ人の乗客がアテンダントに「この飛行機は本当に大丈夫なんだろうな?」とたずねておりました。一応、ATR 72は連邦航空局の通達からは除外されております。

ミールボックス

離陸してすぐミールボックスが配られました。何しろ、1時間で到着しますからあわただしいです。

おお、この時点でLoa AviationからLao Airlinesに変更になっていたんですね。中央の花はラオスの国花でしょうか。左右のイラストはエレファントライディングと古そうな仏塔です。バンコクエアウェイズとは雰囲気が大いに異なります。

クロワッサンが旧フランス領の名残か

バンコクエアウェイズと段違いの内容。一応、国際線なんですけどね。

クロワッサンには何かが挟まれ、サンドイッチにしてあります。あとは、カットフルーツとおつまみ程度のもの。その他にジュースも付いたようです。

ルアンパバーン国際空港

もう、あっちゅう間に到着しました。この空港はその後も利用しましたが、すべて地上を歩かされます。その後、どうなったでしょうか。

空港の建物からはちょっと離れてます

案内人がいたかどうか。ともかく、前を進む人の後をついていきます。

なお、この空港にはもう現役とは思えないような軍用機が駐機しております。

残念ながら、画像はありません。一応、社会主義国なんで、入国前に拘束されるような危険は冒しませんわ。

この時点で、まだ、日本人も入国にビザ(★)が必要でした。それでも、空港で簡単に15日間のビザが取れました。写真1枚と30USドルまたは1300バーツとのことでした。円高でしたから、30USドルのほうが安かったです。

★:現在は15日間以内の滞在に限り、日本人はビザが不要です。

なお、この時、厳しく注意を受けている観光客がいました。どうも、一眼レフで空港の写真を撮りまくっていたからのようです。セーフでしたねえ。

空港で行うことといえば、両替ですが、バーツがそのまま通用するので、行いませんでした。その代わり、ホテル紹介所で宿を紹介してもらいます(料金の発生はなし)。市街地までは公共交通機関がなく、5USドルか200バーツのチケットタクシーを利用しました。

やってきたのは、通称クジラクラウンでした。

クジラクラウン/2010-08 インドネシア ソロ(参考までに)

このクルマがスピードを出さず、おばさんのバイクすら追い越さないという慎重さでしたが。ま、交通量が少ないので、問題ありませんでしたが。

◆◆◆

ルアンパバーン~ビエンチャン(国内線)

ルアンパバーン国際空港

ルアンパバーンに2泊。ラオス航空2区間目は首都ビエンチャンまでのフライトです。

もちろん、国内線なので、ラオス航空の一択のみ。

直前まで郊外を観光しておりまして、チャーターしたトゥクトゥク(★)で空港までやってきました。

★:バンコクのトゥクトゥクのようなタイプではなく、ウドンターニーなどイサーンで使われるような、バイク+荷台の合体型のような乗り物になります。

やってきた機体

現在はどうなのかわかりませんが、当時のラオスでは国内の空路移動でもイミグレーションがあってパスポートチェックが必要です。ここを通らないと、次に移動できないのですね。

確か、バックパッカー漫画でもボートの旅で、途中にイミグレーションがあったということでした。

イミグレ通過後に、チェックインカウンターがあります。

スケジュール
ルアンパバーン国際空港(LPQ)17:00ー(QV645)ー17:40ビエンチャン ワッタイ国際空港(VTE)

どういうことか、2日前にチェンマイから乗ってきたのと同じ便名なんですが。もしかして、日によって時間帯が異なるんでしょうか。

またしても、歩いてQV645に向かいます。

もう日が暮れかかってます

当然ながらまたしても、ATR 72です。

ルアンパバーンの街並み

今度は右の窓側になりました。中央通路を挟んで2席ずつですから、リクエストをしない限り、通路側も窓側も確率は1/2。

メコンもよく見えます。

この便では機内食は出ませんでした。その代わり、チョコレートが配られました。なんせ、40分という短い時間ですから。

ワッタイ国際空港

無事に到着。

市内まで公共交通機関はなく、6USドルのタクシー一択。

なお、現在も7USドルですが、バスの運行が始まりました。

◆◆◆

ビエンチャン~バンコク(国際線)

ビエンチャン2泊。2日前に乗ったタクシーの運ちゃんが、戻りは3USドルでいいとのことで、その古いコロナでやってきました。

なお、値段交渉は笑えることに、ホテルの紙ナプキンにボールペンで書いたものでした。

またしても徒歩

この区間、バンコクエアウェイズも飛んでいたと思いますが、「毒をもって毒を制す」じゃありませんが、最後までラオス航空にお付き合いしました。

スケジュール
ビエンチャン ワッタイ国際空港(VTE)16:30-(QV414)ー17:50バンコク ドンムアン国際空港(BKK)

当時はスワンナプーム国際空港が開港しておらず、ドンムアンのIATAコードも、BKKでした。

窓側

プロペラのある主翼のところが席でした。

ミールボックス

水平飛行になり、ミールボックスが配られます。

今度のデザインはタートルアンとパトゥーサイです。もしかして、利用する便によって外装を変えてるんですかね。

内容はしょぼい

左上のものは肉のパテです。パンには切れ目が入っていて、これでラオス風のサンドイッチ(★)を作れということでしょうか。ま、パンはバゲットではなかったですけど。

★:ベトナムのバインミーと同じものが、ラオスでもごく普通に味わえます。やはり、フランス領だった影響はあります。

ドンムアン到着

よく機体を見ると、チェンマイから乗ったものとは違い、青と赤のラインがないです。尾翼のデザインも違いますね。すっきりしてます。

配られたミールボックスの左上にある飛行機のイラストと同じデザインです。もっとも、箱のほうはジェット機なんですけど。

よくわかりませんが、当時もエアバスは導入されていたみたいです。ただ、バンコクのような近距離路線には使われなかったようで。

◆◆◆

結論としてラオス航空のATR 72は安全基準を満たしていたようで。なお、問題のY-7という機種は席数が52とのことなので、チェンマイ→ルアンパバーン→ビエンチャン→バンコクといった主要路線には導入されているはずもないということでしょうか。

また、当時のラオス航空はリコンファームが必要とのことで、結構難儀いたしました。結局はディスカバリー エアーパスの担当者とのやり取りで、日本にいる時メールの確認でよいことになりましたが、「とにかく早めに空港に行ってほしい」とのことでした。さすがに今はリコンファームなんてやってないだろうと思いますが。

また、ルアンパバーン~ビエンチャン間を陸路で行くと、半日以上かかります。また、その国道13号線では21世紀にもかかわらず、山賊が出るということで、外務省から注意喚起が出ておりました。とはいえ、後日、このルートを使ってますけど。

注意喚起はなくなったと思いますが、同じ区間に中国ラオス鉄道が開通しました。1日5往復だそうです。

ただ、一般ツーリストはほぼ鉄道駅の窓口でしか購入できないことになってます。ビエンチャンなどには市内に購入所がありますが、スマホ決済のみとのことで、ラオスの銀行口座がないと無理です。

その他の手段は旅行代理店で料金を上乗せして購入するくらいですかね。あとは、外資系のサイトで申し込むことですかね。鉄道駅までかなり離れていますので、ラオス版の配車アプリも必要です。

sukhumvit2.exblog.jp

なお、ATR 72のことを書いてみようと思ったのは、スクムビットさんのこの記事があったからです。

C909という中国製の機種がラオス国内線を飛んでいるようですよ。もしかしたら、実用的な旅客機では一番新しいのかも。

まだ、別の国でATR 72に出会っております。

てなことで、To Be Continued !

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【ホテルレポート】バンコクなのにマンハッタン…ただしちょっと昔の話

アソーク界隈

バンコクにはかつてR&Rホテルというものがありました。

R&Rとは、"Rest and Recreation"または"Rest and Relaxation"の略で軍隊の専門用語、「静養と気晴らし(余暇)」といった意味になります。

1960年代から1970年代にかけて、当時の米軍はベトナム戦争の真っ最中でまさにR&Rを目的に、バンコクにも休暇中のアメリカ人兵士が送られてきたのです。

そのような目的のためにできたのが、R&Rホテルでして、条件は「プールがあること」「24時間営業の飲食店があること」「1泊5USドル以下であること」などです。

そんなR&Rホテルで今なお生き残っているのが、マイアミホテル(Miami Hotel)、アトランタホテル(The Atlanta Hotel)、フロリダホテル(Florida Hotel)、マレーシアホテル(Malaysia Hotel)であるといわれています。

cafedecastella.hatenablog.com

フロリダには2度宿泊しております。付属のレストランが"Tampa Coffee Shop"といいます。リゾート地、フロリダの都市名ですね。米兵には響くネーミングです。

なお、マイアミホテルのプールはなくなってしまったそうですが。

てなことで、スクムウィットSoi15にあるマンハッタンホテルもそのひとつではないかともいわれております。

創業は1965年だとか。

◆◆◆

てなことで、今回はマンハッタンホテルのお話。

2度宿泊しましたが、いかんせん古いことなので、現在はかなり違っているだろうと思われますが。

2004年のケース

空港バス

ATR 72のシェムリアップ編、バンコクに戻ってきたところから話を始めます。

cafedecastella.hatenablog.com

今でこそ、ホテルは予約を取っていくものだというのが当たり前ですよね。ましてや、ホテルも決まっていないのに、入国するのかなんていわれそうですが、当時はなんでもなかったですね。

ワタクシ、ロンドンにホテルも決めずに到着して、その辺のホテルで飛び込みまして、拒否されましたが、そこで紹介されたモグリと思われる宿に3泊したことがあります。

また、マドリッドでは予約したつもりがどうやら決済まで至っていなくて、到着したら予約が入ってなくてその場でOKが出たなんてことも。

いずれも、古い話ですので、参考にしないほうがいいですよ。それに、現代では入国時に宿泊先を明らかにするようなシステムが大多数ですから。せめて、最初の1泊は決めておいたほうがいいです。

さて、そんな調子でドンムアンに戻ってきました。おそらく当時の入国カードには宿泊先の記載は必要なかったかと。

イミグレーションを抜け、荷物もピックアップして向かった先は、ホテル紹介所(★)でした。

★:今はないと思いましたが、なんと細々とやっているようです。スワンナプーム国際空港にはないようです。頑張って探せばみつかる空港も存在するようですがね。

そこで紹介されたのが、マンハッタンホテル(★)でした。

★:Manhattan Hotel Bangkokが当時の名称で、2019年頃の全面リニューアルでHotel Manhattan Sukhumvit Bangkokに改称。

ホテル紹介所ではデポジットを1000バーツ支払い、2泊分を確保。チェックアウト時に1400バーツかかったので、1泊あたり1200バーツということになります。

当時はスクムウィット通りを通る空港バス(小型バス)がありました。料金は一律100バーツでした。

ツインルーム

レセプションでバウチャーを見せ、すぐに部屋に入ることができました。

ですが、タオル類がなくて、電話して持ってきてもらいます。

かなり大型のセーフティボックス

これにいったい、何を入れるんでしょうね。

ベッドの足元側

テレビもブラウン管の時代。今見ても小さいテレビです。

ミネラルウォーターはなく、ポットに水が入っておりました。

灰皿らしきものもありますね。

バスルーム

このクラスであれば、バスタブがあるのが当然。何しろ、R&Rホテルだったかもしれませんし。

ただし、タイのトイレにほぼ備わる「アレ」が付いてないように思えますね。記憶は定かじゃないんですが。

そして、翌朝、食事会場に向かうと、「この予約には朝食は含まれてない」ことが判明いたします。

鶏肉入りのめんとメモにはありますが

仕方がないので、ホテルのはす向かいにある食堂でこんなものをいただきました。メモには焼きそばをあるんですが、具が多すぎて下が隠れております。

ドリンクなしで30バーツ。当時ですから、100円しませんよ。

バミーナーム

次の日はペプシもつけてバミーです。これで、40バーツ。

お仕着せの朝食ではありませんでしたが、よかったです。ホテルにやってくるドライバー連中も利用する食堂らしく、庶民価格です。今、この店はもうないかもしれません。

こんなカレンダーも貼ってました

BOSSってメコンのようなスピリット類でしょうか。運ちゃんたちもこれ見て食べてたんだろうなあ。

2010年のケース

またしても、アンコール遺跡の戻りなんですが。

すでに、バンコク~シェムリアップ便はスワンナプーム国際空港発着に変わっていました。

戻りのバンコクの宿はまたしてもマンハッタンです。こちらは、ホテル予約サイトで選びました。すでに外資系のAgodaなどのサイトはあったと思いますが、使ったのは日系のApple Worldだったと思います。こちら、予約できるホテルの数が少ないんですよね。

てなことで、自力で到着。

リニューアルされてる

部屋はまたしても、ツインのシングルユースです。

前回よりも洗練された感じですね。調度品も新しくなってますし。

ベッドの足元側

テレビはやや大型になりましたね。でも、薄型というだけで、まだブラウン管なのかも。

デスク

もうこの時代、WiFiがありましたね。ワタクシも、ネットブックと呼ばれる小型のPCを持ち歩いておりました。

このあたりもグレードアップ

電気ポットもあって、コーヒー(インスタント)や紅茶も自分で作れます。

奥のお菓子は有料ですかね。

バスルーム

今度はトイレにも、例のアレが確認できますね。

ビアシンウォーター

おそらく、冷蔵庫に入っていたものを取り出して撮影しました。瓶に入った水ってよく冷えるんですよね。

朝食

今度は朝食も含まれておりました。

向かいにあった食堂はどうなったか、よくわかりませんが。

料金はちょっと定かではありません。1500バーツくらいでしょうかね。

この時、前半でCentre Point(プルンチット)に泊ったので、ちょっと抑えめにしていたような気がします。

◆◆◆

今の料金ですと、1泊あたり6000~7000円程度。

場所的にもアソークに近いので、BTSにもMRTにも徒歩圏内。便利な場所です。

このあと、またリニューアルされたとのことなので、もっといい感じになっているのかも。

スクムウィット通りからちょっと奥に入ったロケーションなので、騒音とは無縁ですね。

今回の使用カメラは前半がNIKON Coolpix 880。後半がRICOH GR DIGITALでした。

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ATR 72(2)バンコクエアウェイズでチェンマイへ

ATR 72(ラッピング仕様)

双発ターボプロップエンジンのATR 72という機種には何度お世話になったことでしょうか。

cafedecastella.hatenablog.com

アンコール遺跡に行くため、ドンムアン~シェムリアップ往復でバンコクエアウェイズを利用してから2年後のことでした。

今回はバンコクウエアウェイズを利用してチェンマイまで行きます。

ディスカバリーエアーパス

この時、ラオスに行こうとプランを練っていると、そこに飛び込んできたのが、Discovery Airpass(ディスカバリーエアーパス)という、周遊チケットです。地球の歩き方に載っていたと思います。

このチケットは、バンコクエアウェイズ(Bangkok Airways、PG)、シェムリアップエアウェイズ(Siem Reap Airways、FT)、ラオス航空(Lao Aviation、QV)の3社のうち最低2社を選び、合計3区間~6区間を利用することで、安く周遊ができるというものでした。

なお、現在は発売されていません。また、シェムリアップエアウェイズはバンコクエアウェイズの子会社で、2008年12月以降は運休しております。ラオス航空も現在はLao Airlinesと改称されてます。

これを利用して、ルアンパバーンとビエンチャンに行くのでしたが、ついでなんで、チェンマイにも立ち寄ることにしたのです。

たしか、国際線が1万円、国内線が6000円(いずれも円換算で当時は円高)程度だったと思います。

なんだよ、全然安くないな。と、思われそうですが、当時エアアジアなどのLCCも存在していたとは思いますが、それはマレーシアの航空会社でこのエリアは飛んでません。普通に空の旅をしようとすれば、従来のフルサービスキャリア一択です。

ということで、チェンマイまではバンコクエアウェイズを利用することにしました。

PG600

てなことで、またもやバンコクドンムアン国際空港にほど近い(と、思われる)エアポートホテルに1泊し、あわただしくも再びドンムアンへ。

ラッピングバス

今回はタイの国内線なので、前回よりもちょっとだけ余裕がありました。まあ、出発時間はあまり変わらないんですが。

国際線の場合はドンムアン空港のバスを利用するのですが、派手なバスがやってきました。ドアで隠れていますが、サムイ島のことだろうなと思われます。PGともありますので、バンコクエアウェイズが持っているバスで移動になりました。

沖止めということで、この時点でシェムリアップ行きと同じくATR 72なんだろうなと思いました。そもそもが地上レベルの待合室ということで、当初からボーティングブリッジは使えません。

スケジュール
バンコクドンムアン国際空港(BKK)7:10ー(PG600)ー9:20チェンマイ国際空港(CNX)

(注)当時はまだスワンナプーム国際空港ができていなかったので、ドンムアンのIATAの3レターコードは"BKK"でした。

冒頭の画像がPG600便。2年前シェムリアップに行った時と同じようなラッピングされた機材でした。バンコクエアウェイズでは機体に愛称が付けられていますが、この時は確認できませんでした。

足元

ごく普通の体系の人なら、問題ないシートピッチです。この時、最前列の席(通路側)になりました。

その前にも座席があるように見えます。しかも、ちょっとずれてます。これは、乗務員が使用する座席で、一人掛けになっているようでした。ここは、荷室部分になります。

ミールボックス

飛び立って、水平飛行に移ると、機内食が配られました。これ一択ではありますが。

おお、そういえば、バンコクエアウェイズは「アジアのブティックエアライン」というキャッチフレーズがありましたっけ。

また、テーブルに折り目があるのがわかるでしょうか。最前列なので、ひじ掛けからテーブルを引っ張り出すタイプなのでした。

中身

サンドイッチ2種とカットフルーツ、ジュースとパックされた水が入ってます。もちろん、コーヒーなどのサービスもありますよ。

エアポートホテルの朝食を食べ損ねていますので、これはありがたい。朝食には十分な量です。

今回は、通路側になったので、窓の外がよく見えません。

すると、だいぶ早くに機体は降下を始めました。

スコータイ空港

なんと、スコータイに立ち寄る便だったんですね。ここで、欧米から来たと思われる乗客がどっと降ります。

チェンマイまで行く乗客は機内待機です。荷物が運ばれていくのが見えます。

入れ替わりに10名ほどの乗客が乗り込みましたが、窓側の乗客もいなくなり、そこには新たな乗客がやってこないので、席を移りました。

なお、バンコクエアウェイズは専用の空港を所有していて、このスコータイもそのひとつです。あとは、サムイ島の空港もそうかな。画像はありませんが、降りて行った乗客を乗せていったのは、小さなゴルフカート大きめのトロリーみたいなものでした。

不鮮明ながら、窓からの画像に写りこんでますね。

チェンマイへ

再び離陸。明らかに通常のジェット機よりも低空飛行です。

ひとまわり小さいミールボックス

そして、水平飛行になり、またもやミールボックスが配られました。

中身

内容は1回目よりも半分ほどになりましたが、おやつにしては量の多い、パイが入っておりました。

影もくっきり

チェンマイ国際空港へのアプローチです。

最前列なので、翼が邪魔になりません。そして、ジェット機と違って気圧が急激に変化しないので、耳には優しいです。

チェンマイ到着

無事到着いたしました。

距離的にも、スコータイがチェンマイまでの半分くらいで、飛行時間も1時間が2回といったところです。

シール

こちら、乗客が胸に貼るシールですかね。もったいないので、メモ帳に貼っておきました。

◆◆◆

なお、スコータイ空港(THS)はサワンカロークにあるため、スコータイ遺跡やスコータイ市街からはちょっと離れています。

また、地方の空港で滑走路も短いため、今でも使用機材がATR 72であるかもしれません。wikiによれば、バンコクエアウェイズにはいまだに10機くらいATR 72を所有しているようです。

この2年後にまたチェンマイに向かうことになりましたが、空港はスワンナプームに移り、機材もエアバスA319という倍くらいの座席数のジェット機に変わっていました。しかも、直行便でした。

ただし、当時のバンコクエアウェイズのバンコク(ドンムアン)~チェンマイ便はPG600だけではないでしょうから、スコータイを経由しない直行便もあったかもしれませんし、機材もATR 72ではない可能性もあったのかも。

バンコクエアウェイズもかつては日本に乗り入れる便もあったのですが、LCCとの競争に太刀打ちできなかったようで、撤退してます。

とはいえ、このあとかなり経ってからバンコクエアウェイズのATR 72にまた乗ることになるのですが。

今回のカメラはCANON Ixy digital 500という機種を使用しました。

2026-10-12:記事の訂正を行いました。たびたび、お知らせが行きまして、お詫びいたします。

To Be Continued !

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【頂きもの】インドのインスタント麺を作って食べてみた

今年2月のヤムの会。

cafedecastella.hatenablog.com

そこで、インド帰りのkimcafeさんに頂いたのがこちら。

インド製インスタント麺

Yippiee! Noodleとあります。10ルピーですか。

もう長いこと寝かせてあったんですが、食すことにいたしました。

ちなみに。

ジョージタウンのインド系食堂/2025-10

ペナン島のインド人街にある食堂では、ガラスケースにインスタント麺が置いてあったんですよね。ま、誰も注文する人がその時点ではいなくて、調理人も不在だったんですけど。

ただし、おいてある袋麺はおそらくマレーシア製で、いただいたものより一回り大きいです。

インドでめん料理があるのかというと、ごくわずかですが、あります。

イディアッパム/2018-08 アヌラーダプラ(スリランカ)

ちなみに、画像はスリランカですが、南インドにも存在します。

コメ由来のめんですが、めん自体に手は加えず、カレーとともに食します。

また、インド由来ではありませんが、インドにはインド中華(華僑の末裔がやってる)もありまして、ほとんど中国とは味がインド化したようなめん料理もあります。小麦粉麺の焼きそば、チョウメンとか。

ですが、インスタント麺もあるとは。まあ、マレーシアなどで見かけては来ていましたが、本国でもあるとはね。でも、食堂では作らないと思いますが。

パンも買ってきた

まず、大きさですが、日本の袋麺と比べると、パッケージの大きさも2/3~3/4くらい。隣のパンと比べてもパッケージサイズはほぼ同じくらい。

開封しました

麺は丸くまとめられています。そして、かなりの縮れ具合。

もう、半年以上寝かせていたためか、麺の一部がポロポロと崩落しております。それとも、これがインド品質なのでしょうか。

マサラ

ああ、やっぱりマサラ味なんや。ちなみに、開封した時点でマサラの香りがかすかにしておりました。でも、袋に穴が開いていたわけではありません。

いずれにせよ、スープ麺ということはなかろうと想像していました。

当初は日本のインスタント麺で作る焼きそばみたいに、フライパンに水を入れて、焼いていこうかとも思ったのですが、あまりにも量が少ないので、小さな鍋で茹でることにしました。

茹で上がり

いやー、少ないですねー。しかも、箸で引っかけて皿に移したのですが、崩落した部分があまりにも多く、10%くらいは失われたかと。

網杓子なども用意すればよかったかも。

そして、麺ですが、明らかに卵成分が少ないようで、色が薄いです。裏側の内容物や成分を読んでないので、不明な部分があるんですけど、一部のベジタリアンのインド人の中には卵も食べない人がいますので、最初から卵は使っていないのかもしれません。

マサラと和える

マサラの袋を開けると、こんな具合。

粉なのかと思ったら、違うようです。もしかして、ペーストだったのか。だとすると、いくらなんでも、これはダメでしょ。

一応、賞味期限内でしたけどね。

頑張って和えてみた

もう、スプーンなども導入して、なんとか和えてみましたよ。

でも、これ以上は無理。

では、実食。

野菜など加えてませんので、ほぼ麺とマサラだけの味です。

マサラですが、色合いからして辛そうに見えます。ですが、むしろ、塩味が強い。なかなかにしょっぱい麺料理となりました。

ちなみに、インド料理って激辛なものは少ないですよ。タイ料理に比べたら、お子様向けみたいなもんです。

そういえば、ブッダガヤでチョウメンを食した時には、辛子色と緑色のペーストを付けて味わったかな。これで、味にパンチが出ます。そういうものは用意しておりませんでした。

ま、量が少ないですから、あちらでもお子様向けのおやつみたいなものかな。とても、1食まかなうことにはなりません。インド人は大人となるとかなりの量を食しますし。

一応、袋に"Masala"とありますが、異なる味のものがあるのかどうかも気になるところ。

また、インドの袋麺でのトップのシェアを誇るのはMaggie(マギー)の2minuites noodleとのこと。こちらも、食してみたいですわ。

kimcafe.exblog.jp

ちゅうことで、kimcafeさん、ありがとうございました。次はもっと量のあるやつをお願いします。

考えてみれば、タイの袋麺も同じような量ですよね。確か持ち帰ったママーの袋麺がまだあるなあ。

今回の画像はスリランカのものを含めて、CANON Powershot SX730HSでした。

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タイの大学生(2)謎の集会

前回のエントリーは、ワタクシがバンコクのチュラロンコン大学のキャンパスに潜入…もっともほぼ誰にでも入ることができます。入れないのは校舎あたりではないかと…し、卒業写真を撮影している場面に遭遇したという話でした。

cafedecastella.hatenablog.com

今回の話はまるでキャンパスではないところから。

偶然に遭遇した集会の話です。

ヤーモー像/2012-08 PENTAX K-7

その時滞在していたのは、ナコーンラチャシーマー(★)。イサーンの玄関口のようなところです。画像はずっと以前にやってきたときのものです。

★:Nakhon Ratchasima。 นครราชสีมา。通称コラート。アユタヤ朝のナラーイ王がコラートとセーマーという2つのまちを合併し、頭にナコーン(都市の意味)を冠し、コラート+セーマーの順に名付けたところ、語調が現在のナコーンラチャシーマーに変化したということです。とはいえ、現在もコラートのほうが通りはいいような。

その旧市街の入口チュムポン門にあるのが、ヤーモーの像です。

ヤーモーというのは通称でタオ・スラナリという女性のことです。すでにチャクリー朝に入っていましたが、タイの各地には一定の影響力を持つ「王」に当たる人物がいて、ヤーモーはその夫人です。

ビエンチャン王国がタイに攻め入り、ナコーンラチャシーマーにやってきたところ、彼女が機転を利かせた結果、敵は敗走することになったのだそうで。ヤーモーは救国の女傑ということで、今でも参拝者が絶えることはありません。

◆◆◆

そんなナコーンラチャシーマーに滞在し、ウボンラチャタニーに行こうとしていた朝のことです。

朝食を市場で済ませ、まだ時間があるので、チュムポン門にやってきました。

みんな座らされてる

学生の集団がいました。

黒いパンツとネクタイなので、大学生でしょうね。ちなみに、男子高校生は半ズボン(ハーフパンツとは呼べない)になります。

ここ、土足厳禁ではないんですが、全員座り込んでいます。ひとりだけ、スマホを見ているような不届き者がいるようですが。

これから何が始まるのでしょうか

後ろのほうには女子学生もいます。

学生を取り囲むように、スーツの男女もいますが。教職員にしては若すぎるような気もしますね。

座り方に注目

一昔前の日本だったら、こういう場合、体育座り。

でも、タイの場合、女性はこのような崩したような座り方が正しいのであります。

こうした座り方ですが、寺院の仏像の前などでよく見られますね。

また、女子学生の腰の部分にも注目です。女子学生の場合、スカートにベルトを巻くのが正しい制服の在り方みたいですが、スカートにはベルト通しが付いていないので、何らかの方法で、ベルトが落ちてこないようにする必要があります。たぶん、何か大きめの挟むもの(極端な話洗濯ばさみのようなタイプ)で止めているんでしょう。てなことで、背中の部分にベルトが見えますね。

やはりスマホ依存症

まだ始まっていないようです。やはりスマホを見る学生もチラホラ。

しかしタイ人はあの文字を小さな画面で見なくてはなりません。こりゃ、老眼になるのが早そうです。

旗を掲げる学生も

ヤーモー像の近くには、旗を持った学生もいました。

それにしても、大学生になっても学校側の何らかの行事で、地べたに座らされるとは。

観察はしていたんですが、こちらにも時間の都合があって、これ以上は観察できず。結局なんだかよくわからなかったんですけど。

オオトカゲ

ここにある堀からは、オオトカゲも興味津々でした。

 

ついでなんで、オオトカゲの動画も貼っておきます。

◆◆◆

ちなみに、wikiに載っている「タイの大学一覧」によれば、ナコーンラチャシーマーにある大学は、スラナリー工科大学(国立)とナコーンラチャシーマー ラーチャパット大学(公立)、ラチャモンコン工科大学イサーン校(公立)の本部キャンパスとのこと。

女子学生が少なめなところから、どちらかの工科大学かな?

wikiのスラナリー工科大学のリンクから大学の校章がわかりました。6枚目の画像、旗を掲げている学生のところで、赤い旗がスラナリー工科大学の校章に似てます。その他の旗に関しては確認ができませんでした。少なくともスラナリー工科大学は関係しているようです。

続編、もうちょっとやらせてください。

画像データは冒頭のみPENTAS K-7(デジタル)で2012年。あとは、PENTAX KP(デジタル)で、2017年です。動画もこれで撮りました。

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ATR 72(1)アンコール遺跡へ

またもや、古い画像を発掘いたしまして、シリーズ化する予定です。

バンコクエアウェイズ パンガン号/2003-12

これまで、航空機というものに何度か乗ってきたものですが、初めてプロペラのある機材に遭遇いたしました。

それは、ATRという航空機メーカーのATR 72という機種です。

プロペラを回していますが、従来のレシプロ内燃式エンジンではなく、ターボプロップ式エンジンが両翼に1基ずつあります。

特徴としては主翼が機体の上部に付いていることでしょうか。

PG940

この時はアンコール遺跡に行こうとしていました。カンボジアのシェムリアップ(★)までの直行便がないので、まずはバンコクまで行き、シェムリアップ行きに乗ることになります。

★:アンコール遺跡への玄関口で国際空港があります。なお、現在もシェムリアップはおろか、カンボジアへの直行便は日本から飛んでませんので、バンコクやホーチミン、ハノイあたりからアクセスすることになります。

てなことで、利用することになったのはバンコクエアウェイズ(Bangkok Airways、2レターコードPG)です。

この時は、バンコク往復チケットを購入し、バンコクエアウェイズのWebサイトからシェムリアップ往復のチケットを別に購入しました。

まだ、スワンナプーム国際空港ができる前の話で、ドンムアンがバンコクの玄関口であった時の話になります。

やってきたバンコクではありますが、ドンムアンから無料送迎のある某エアポートホテルに短時間の滞在。せっかくもらった朝食の券も利用できない時間の出発となりました。

スケジュール
バンコク ドンムアン国際空港(BKK、当時)7:30ー(PG940)ー8:30シェムリアップ国際空港(REP、現在は新空港ができ、閉鎖)

ケンタのセット

イミグレ通過後、朝食はこちら。

ちなみに、バンコクエアウェイズはすべての乗客がラウンジを使うことができるのですが、このことを知ったのはずいぶんと後になってからでした。

バス移動

搭乗便まではバス移動です。

ドンムアンは早朝ながらも便数の多い空港ですので、沖止めになることもしばしば。当時はボーディングブリッジのある待合室ではなくても、あまり気に留めていませんでしたね。

PG940

バスが止められたのはこのような派手なラッピングをされた機体のそばでした。

プロペラがあるじゃんか。

左右2席ずつ

これが、ATR 72だったんですね。

モニターなんざ、ありません。頭上の荷物入れも大きくないです。

ちなみに、バンコクエアウェイズはLCCではなく、フルサービスキャリアです。重量制限がどのくらいか、今になっては不明ですが、預け荷物も基本無料です。

この頃は、機内にスーツケースやキャリーバッグを持ち込む人はほとんどいませんでしたね。この機種でそれをやったら、かなり迷惑だと思います。

眼下にドンムアン

ふわっと飛びました。プロペラのない航空機だと、離陸時に中でもある程度の衝撃を感じられると思いますが、全然激しいものではありませんでした。

意外に静か

おそらく、従来のジェット機よりは低空の飛行なんでしょうが、雲がかかり眺めはよくありませんでした。この時は窓側をあえてリクエストしたんだと思います。

機内食

ボックスミールですが、機内食が出ました。

国際便ではありますが、飛行時間1時間ですので、あわただしいです。食べ終わると、カンボジア上空を飛んでいたはず。

かすかに見えるトンレサップ湖

アナウンスはありませんでしたが、これが見えるということは、もう到着です。

シアヌーク国王

もちろん、タラップを降りて、自分で歩いて建物へ。前国王の肖像に見守られながら。

ここではアライバルビザを取ります。

宿は予約していましたが、送迎を頼んでなかったので、タクシーの集まっているところで手を挙げた運ちゃんのカムリで宿へ。

結局、この時のドライバー、ナリン氏が全行程のドライバーになり、カンボジア出国時までカムリに乗ることになります。

ちなみに、カンボジアは旧フランス領らしく、クルマは右側通行です。ですが、走っているクルマはタイと同じ右ハンドル車ばかり。どうやら、タイから入ってきたクルマ(中古車)が多かったようです。

後年再びシェムリアップに行ったのですが、右ハンドル車は禁止になったとのこと。ちなみに、ミャンマーも右側通行でありながら、圧倒的に右ハンドル車ばかりでした。

PB933

チェックインカウンター

ナリン氏のカムリで空港へ。

チェックインしますが、なんと日本人の職員がここにいて、「もうひとつ早い便に乗れますが、いかがしますか?」とのことでしたので、予定のPG941からPG933へ。

スケジュール
シェムリアップ国際空港(REP)11:10ー(PG933)ー12:10バンコク ドンムアン国際空港(BKK)

やはり歩いて向かいます

徒歩で、向かいます。

PG933

今度は通常の塗装のバンコクエアウェイズでした。

バンコクエアウェイズの機体には愛称がついているんですが、この便に関しては確認できず。

ボックスミール

このあと、何度かバンコクエアウェイズを利用してますが、そのほとんどがボックスミールです。

今度はアイスクリームも付いてますね。

ドンムアン到着

無事にドンムアン到着です。また、バスで移動。

◆◆◆

このATR 72という機種、1988年が初の飛行だったそうで、ボーイング747などよりも設計が新しいんです。

バンコクエアウェイズも10数機所有しているようですし、世界各国でもかなり飛んでいます。日本でも日本エアコミューターとトキエアが所有しています。

ATRは会社名ですが、72というのは標準の席数のことです。もともとは、同社のATR 42(秋元康プロデュースのアイドルグループではございません)のストレッチ版ですね。

この機種にはなにかと縁があって、その後も何回か利用することになりました。

古い時代のことですので、フィルムカメラのPENTAX MZ-3とコンデジのNIKON Coolpix 880(デジタル)の併用でした。解像度低いです。

To Be Continued !

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【ホテルレポート】成田Uシティホテル~エアポートホテルとは

成田山新勝寺

日本から出国したことのある空港は4か所あるのですが、そのほとんどが成田国際空港です。

一応、東京都民ですが、羽田は我が家からはアクセスが悪いです。公共交通機関を使うと、何回乗り換えを必要とするか。直行バスもあるにはありますが、1日数便。クルマを使うとなるとバカ高い駐車料金とともに、予約がなかなか取れないという状況ですから。

さて、成田のホテルですが、そのほとんどはエアポートホテルというものです。

JR成田駅および京成成田駅近辺のホテルには4回宿泊しました。

最初は未曽有のディレイに見舞われたため、エアインディアが渋々用意したところ。

次がアパホテル京成成田駅前。

3度目と4度目が成田Uシティホテルでした。

成田Uシティホテル

つまり2回宿泊したことになります。

初回は出国の前泊ではなく、コロナ禍の2020年にどこかお手軽に行けて安いところはないかと探していたら、こちらになったと。

その次が2024年で、早朝のロマンスカーの予約が取れず、だったらクルマで行くより、前泊のほうが安いんじゃねと、また利用したのです。

そのため、今回の画像は2020年と2024年のものが混ざっております。あしからず。

アクセス

 

JR成田駅の西側になります。

京成成田からやってきたので、ちょっと歩きます。JR成田駅の西口はエスカレーターはあるものの、だいぶ下ったところがバスターミナルになっています。そこからは徒歩5分程度ですね。

客室

シングルルーム/2020

部屋はやや狭いですね。

システムは古い

ベッドの枕近くにある各種のボタンは、電灯のスイッチ以外は機能しておりません。

昔ありましたよね。ラジオのスイッチとか。コンセントは使えますし、USB給電用のソケットもあります。

電気ポット

お茶とコーヒーも用意されてます。

その下にはタイのホテルと同じようなサイズの小さな冷蔵庫もあります。

当然WiFiも普通につなげますね。

かすかに残るコロナ時代の痕跡

まあ、何でもあるってことで。2024年でしたが、アルコールスプレーもありました。

20インチくらいのテレビ

ま、ほとんど見てないんですが。関東圏なので、自宅と同じ番組が映ります。TVKとTokyo MXは微妙ですかね。チバテレビは入るでしょう。

ユニットバス

水回りはおそらく、他のビジネスホテルと同じように見えます。一段上がるところも同じです。

アメニティ

シャンプー、リンス、ボディソープ兼液体ソープですね。

なぜかNational製

温水洗浄便座がPanasonicではなく、古いほうの名称。TOTOではありません。でも、十分機能してます。

余談になりますが、こちら、2020年の時点では隔離ホテルにはなっていなかったようです。

送迎バス

ホテル前にやってきます

ホテルー成田国際空港へは1日4本。

朝の便が、7:30と8:15。夕方の便が17:30と19:00。

もっとも、夕方の便は使う人はいないでしょう。現在はチェックイン時の予約制となっていましたが、2024年には特に必要なかったと思いました。もちろん、チェックイン時に確認したんですけど。

この時、Thai Airasia Xだったので、8:15の便を利用したのだと思います。空港までは意外に時間がかかり、30分以上見ておいたほうがいいです。ただし、出発階に到着しますので、便利といえば便利です。駅まで歩くことを考えると、バスのほうが便利かな。

もちろん、空港ーホテルという便もありますが。

朝は渋滞が発生することも

一応バスの時刻を確かめてから、成田Uシティホテルを予約いたしました。あまり乗客は多くなかった気がしました。

ホテルのWebページによると、事前予約はできないとのことです。チェックイン時に予約とのことです。その時の感覚では、ほぼあぶれることはないと思います。当然、料金は無料。

成田国際空港第2ターミナルバス停(出発階)

アパの時は結構乗ってましたね。

食事事情

地方都市ではあるのですが、日本の玄関口でもありますので、JRと京成に挟まれたあたりに出れば、選ぶのに迷うほどの飲食店があります。

成田山の参道あたりには高級うなぎのお店も。でも、こちらは店じまいが早いですよ。

サイゼリヤ

APAに泊まった時も利用いたしました。

イタリア人にも評判はいいらしい

とあるビルの中に入っているんですが、たどり着くのがわかりにくいです。わたしゃ、外階段から入りました。

お安いのはいいんですが、2024年の時点では、部活終了後の高校生のたまり場になってましたね。

また、場所柄外国人のスタッフが多いです。

コンビニ飯

食事の出ないLCC。朝からがっつり行きたいところですが、チェックイン時間も気になるところですので、コンビニで仕入れたおにぎりとカップ麺。

コンビニはいくつかあって、すぐに見つかります。

まあ、また、成田の売店で何か買って食べるんですが。

JRの駅そば

お時間がある方は、JR成田駅まで出れば、改札外に駅そばのお店があります。

かき揚げそば

今や珍しくなった駅の蕎麦屋。立ち食いではなく座って食せますけど。

おつゆが濃いいかにも関東のお蕎麦です。

てなことで、朝食事情はちょっと厳しいかも。

ちなみに、宿泊料金は2020年が3000円くらい。2024年が6572円でした。今はもっと上がっているような気がします。

www.u-cityhotel.com

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ワラビスタンのガチ中華 冬の陣(動画あり)

郷村鉄鍋炖

2年ほど前のことです。

旅好きの集まりがありまして、時おり集まっては食事とともに、旅にまつわる情報交換などしています。

その関係でお呼びがかかりました。場所は埼玉県蕨市になります。

今回の首謀者というか呼びかけ人は、Zhen(ちぇん)さんになります。

dandyzhen.hatenablog.com

Zhenさん、かつてはgooブログをやっておられたのですが、gooブログの閉鎖に伴い、はてなに引っ越されてきた方になります。

そして、お仕事がらみなんでしょうが、中国通でいらっしゃいます。

実は前年の夏に、ここでオフ会をいたしまして、気になるものがあったのです。

埋め込まれた鉄鍋

これです。6人掛けくらいのテーブルに埋め込まれた鉄鍋です。

普段はこれに木製の蓋がされています。おききしますと、これで鍋料理を作るのだと。集まったのが、夏真っ盛りという時期でしたので、その時は鍋料理は頼みませんでした。

そろそろ、寒くなってきたのであの鍋はいかがです?てなことで、再集合いたしました。なので、「冬の陣」なのでございます。

蕨で簡体字中華: Cafe de Castella

↑ その時の記事。旧ブログ(現在は音楽関連専門。その他の記事のログはすべて残っておりますので、興味のある方は覗いてみてください。こちらのブログのネタ元になる記事もあります。)

◆◆◆

アクセス

 

集合はJR蕨駅。そこから徒歩で10分ほどのところです。

実際には蕨市ではなく川口市芝園町というところになります。あのあたり、自治体の境界線が入り組んでいますね。

さて、このあたりで外国人居住者の一部が法を無視した行動をしていて、それに対するヘイトなども起こりつつあった時期。

どんな具合だろうと、乗り込んでみましたが、確かに顔の濃そうな人たちが目立ちます。とはいえ、ワタクシが居住するあたりも最近は外国人の在住者が増えてきました。

Zhenさんによると、そんなこともないですよとのこと。それより、拳銃不法所持の老人が郵便局に人質を取って立てこもった事件があり、長時間通行止めになったのがこのあたりなんだとか。

そんなこともあってか、Zhenさんこの地域を自嘲気味にワラビスタンと仰っていました。

郷村鉄鍋炖

店内

場所はマンションの1階部分のテナントになります。おそらくは居抜きでここを手に入れたのだろうと思います。

店員さんは全員中国人。表には出てきませんが、調理担当も中国人でしょう。

日本語メニュー

こちらもあるんですが。

簡体字の踊るメニュー

こちらのだいご味は、やはり料理であり、それはほとんどが簡体字で書かれています。

店員さんも第一言語は中国語で、日本語はやや難しいと思われます。

ですが、我々にはZhenさんがいますからね。お任せしておけば大丈夫かと。

プレモル

店内はほとんど中国なんですが、頼んだのはこちら。

希望すれば青島(チンタオ)とかあったと思いますが、やはり日本のビールのほうが安いです。

お隣のコンビーフの缶詰のようなものは、何だったんだろうと振り返るものの、まったく思い出せません。

鍋準備中

てなことで、お店のスタッフが鍋に食材を入れて、テーブルにやってきました。

これから火にかけます

おお、何かいろいろ入っていますね。

具

春雨のようなものにジャガイモが入っていますね。スープは色的に辛そうに見えます。はて、どんな具合に仕上がるんでしょうか。

ピータン+豆腐

その間にこちらをいただきます。大皿で、これで5人分。

ジャガイモの和え物

こちらも同様。シェアして、鍋を待ちます。

トウモロコシの粉で作ったものを投入

再びスタッフが練り物を鍋の縁から入れていきます。

なんと、この後、画像がないんです。

 

と、いうのもこんな動画を撮っていたので。

トウモロコシの粉で作った塊は、パン(粉、フェン)になり、鍋の料理とともにおいしくいただくことができました。

お値段も安かったです。

★★★

ここまで紹介して、アレですが、なんと、このお店、撤退してしまったとのこと。

とはいえ、蕨に限らず、川口あたりにもアジア圏を中心にした地域の料理店は数限りなくあると思われます。

lunta-november.hatenadiary.com

↑ Luntaさんの記事

tabelog.com

↑ 食べログ

しつこく申し上げますが、現在は閉店しております。

★こんな感じで、寝かせていたネタも順次アップ予定です。

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タイの大学生(1)卒業写真

チュラロンコン大学

沢木耕太郎氏の著書、「深夜特急」で、主人公がチュラロンコン大学の学食に通い、少しでも食費を切り詰めていたという記述があります。

でも、そこで隣に座った学生に当時の風潮であった日本製品の排斥運動等の議論に巻き込まれてしまうんですが。

なお、ここでの主人公は沢木氏が経験したことと重なる(つまり沢木氏自身)であるのですが、このシーン以外では個人的には一部フィクションも交じっていると考えております。すなわち、沢木氏が得意とするルポルタージュではなく、「深夜特急」は実体験を交えた小説なのだと考えてます。

ま、そんなこともあるのですが、とりあえずはチュラ大に行ってみました。

何しろ、わたしゃ、沢木氏のファンでもあるのですから。もっとも、沢木氏が旅したころからかなり時間が経過しているので、当時のものがあるとは考えていませんでした。とりあえずは、行ってみようと。

学食

BTSサヤーム駅(CEN、Siam:Sukhumvit LineとSilom Lineの接続駅)の南側エリアにチュラロンコン大学のキャンパスがあります。サヤームスクエアの南側といったほうがいいのかも。

目指すのは学食。エリート大学の学食でありながら、一般ピーポーも紛れ込んでいますね。ま、自分もそうなんだけど。

学生と一般人の見分け方、それは一目瞭然です。一般人は私服。男子学生はブラック(または濃紺)のパンツに白いワイシャツ。襟元には校章入りのネクタイという姿です。女子学生は白ブラウスにブラック(または濃紺)のスカート。そして、バックルに校章が入ったベルトをしています。

見た目、日本の高校生くらいに思えるほど。

この時間帯はまだ授業が行われていたと思われます。

チュラ大生

お、学生がやってきましたね。若いから食欲旺盛ですよね。

シェイク

一方ワタクシは。こんなもので、お茶を濁しておりました。

朝食食べたばかりだし。しかも、この時は腹痛に悩まされ、イモディウムという薬を飲んでおりました。

伝言板?

その後、キャンパスも回ってみました。

健康器具

一般人も利用しますよね。

卒業写真か

いろいろ歩いていると、こんなシーンに遭遇しました。いつもの制服じゃないぞ。

ああ、卒業写真だろうなあと、思いましたです。

手前にカメラマンがいますが、こんな距離で全体が収まるんだろうか。

着用しているのはガウンですかね。8月でしたが、暑くないんだろうか。

ゼミ仲間か

手前にカメラマンがいるんですが、そこは無視すると、彼らがこちらのカメラに向かってポーズを取っているようにも思えてしまいます。

たまたま、遭遇しちゃってあとをついていっただけなんだけど。彼らも、こちらに気づいてはいただろうけど、あからさまに嫌がられることはなかったです。

タイの学校は5月始まりらしいです。でも、卒業は3月末だとか。

やっぱり、こういう写真を撮るということは卒業アルバム…なんだろうねえ。

学生数は3~4万人いるそうです。

卒業アルバムといっても、半分プライベート的なものなんでしょうね。でも、プロと思われる(まちの写真屋かもしれませんが)カメラマンを使っちゃうんですね。

チュラロンコン大学は国立大学なんですが、そこに到達するまでがやっぱり大変みたいですね。一部には苦学生もいるのかもしれませんが、そこに至るまでのお金のかけ方、つまり家柄なども大いに関係しそうです。王族も通っているし。

◆◆◆

女子学生

昔、チットロムで日本語インタビューを受けたんです。その時の3人。

日本語学科なんだそうで、きちんと質問事項が日本語で印刷された紙を渡されました。中央の女子がその文書を持ってますね。

さらには、地球の歩き方も持参しておりました。立派な教科書なんだろうか。

たしか、ラムカムヘーン大学だったと思いますが。

このくらいの時までは、タイも写真におおらかだったです。ま、今でも緩いと思いますがね。

★:チュラ大の写真はPENTAX KP(デジイチ、現在も使ってます)で、インタビューの女子はPENTAX MZ-3(フィルム)でした。当時使っていたリバーサルフィルム(ビエンチャンのタラートサオで買い足し)がついに切れて、最後に残っていたモノクロームフィルムで撮影させていただいたものです。

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