2024年4月の旅をまとめてみます。
特に鉄道についてと陸路移動についてです。画像も添付しますが、内容とはあまり関係なく記事で取り上げられなかったものを間に挟む形にしてみます。

タイ国鉄北本線について
今回、タイ国鉄の北本線、チェンマイークルンテープ アピワットを乗車しました。
未乗車区間のチェンマイーピッサヌローク間をこつこつと乗車したことにより、一応北本線は乗車したことになります。
おさらいしておくと、北本線は751.4km。ですが、これで完全乗車ではないのです。
北本線にはバンダーラージャンクションからサワンカロークへと延びる支線があるのです。その距離、28.8km。
たったの28.8kmながら、1日わずか1往復という不便さ。まあ、頑張れば乗れないことはないと思いますが、わざわざ用もないのに乗りに行く必要はないと個人的には思っています。
サワンカロークは宋胡禄(すんころく)というタイの陶器の産地で、訪ねてみれば意外に面白いかもしれませんが。

タイ国鉄の路線は意外に短い区間の支線が点在していて、完全乗車を達成しようとすると、かなりの時間を要すると思われます。
それでも、赤字路線が廃止に追いやられる日本のJRなどに比べれば、楽勝なのかもしれませんが。
シンガポールから景洪までの陸路縦断
個人的に陸路の国境越えが好きで、特にマレーシアからタイ南部にかけては3回の越境を行っています。
2008年の夏のことですが、また、チェンマイからもラオスを経由して中国の景洪(雲南省シーサンパンナタイ族自治州)まで行っております。この時は同じ経路で中国・ラオス国境のボーテンまで戻り、ウドムサイ(ラオス)ーノーンキャウ(ラオス)ールアンパバーン(ラオス)ーバンビエン(ラオス)ービエンチャン(ラオス)ーノーンカイ(タイ)ーバンコクと戻っています。
この時は、バンコクからチェンマイにはバンコクエアウェイズでショートカットしたので、一応つながってはいるのですが、今回のピッサヌロークーチェンマイを陸路移動したことで、まあ、完全につながったとはいえます。
それ以前の2007年の冬にシンガポールからバスでマレーシアのマラッカまでを往復。その後の2010年の冬にマレーシアに行き、クアラルンプールに泊まっていたものの、日帰りでマラッカを訪れ、その後、ジョージタウン(マレーシア)、ハジャイ(タイ)、チュムポーン(タイ)、バンコクと陸路縦断しました。
つまり、シンガポールから景洪まで細切れではあるのですが、縦断したことになります。
Google Mapではボーテンの先の景洪までのルートが、表示されずに中途半端になってしまいました。これは、現在も中国が辺境部からの陸路入国を拒んでいるからだと思われます。強引にルートを組むとハノイ経由の大回りのルートになってしまいます。ご理解ください。

また、マレー鉄道(KTM)のKLセントラルからチェンマイまでも、鉄道で乗り切ったことになります。
なお、KLセントラルからJBセントラル(ジョホールバル)までは未乗車です。タイ国鉄よりはKTMは電化も進み便利ではあるのですが、上記の区間は一部が非電化で列車の本数が極端に少なくなります。
また、旧ジョホールバル駅から廃駅となったタンジョンパガー(シンガポール駅)までは乗車しております。

さて、たったの12日間の旅を50回にわたってレポートしてまいりましたが、今回の記事をもってこのカテゴリーは終わりとさせていただきます。
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次回の記事からはしばらくは過去の旅からのエピソードを掘り起こしたいと思います。